episode.47 勇者猫と最後の配信
【最終配信? 闇のドラゴンと戦ってます】
同時接続者数 100万人
しかし、ほとんとがオフラインとオンラインを繰り返しているせいで正確には計測されていない。
「Truです。今日は最後の配信になるかもしれないので枠をとってます。かくかくしかじかで俺はあの球体ドラゴンをワープさせようと思ってます。死ぬかもです。これが最後の配信になるかもなので、皆さん俺の勇姿を見守ってください」
<は? どゆことドラゴンおらんよ?サムネ詐欺?>
<やばそう>
<ってかエルフマッマおるやんけ>
<オーガのお兄さんもおる!!>
<回線わっる>
<Love沼:Truくん!>
スマホの充電は10%。
おそらくあと5分も配信できないだろう。
トオルは大きな白い生き物の上に乗った。
*** 10分前 ***
「あの……感動の雰囲気の中申し訳ないんすけど、その役目俺にやらせちゃもらえませんかね?」
驚いた表情の皆、ヴァーネイラは「何か考えがあるのですね?」とトオルの答えを待った。
「いや、根拠はないんですけど……俺があいつと飛ぶ際に強く願えば……どこか別の場所に飛ばせられるんじゃないかなって」
「でも、貴方が未知の異界に飛んで死んでしまう可能性があります」
「それに、あれは人間が生み出したんですよね? なら同じ人間である俺がどうにかしないと」
ヴァーネイラが行ってはダメだと止めるようにトオルの手を握った。しかし、トオルはあくまでも楽観的で
「あいつがこの世界から離れたらヴァーネイラ様の力がちゃんと復活して
「では、どうやってあの大空まで行くのですか?」
「あ……」
トオルはなんの考えもなかったため恥ずかしそうに後頭部を掻いた。厄災をどこかへ転移させるには近づいて「時を止める秘薬」で奴の動きを止めてから一緒に異界に飛ぶ必要がある。
しかし、翼を持たないトオルには近づく術がなかった。
「あの〜、うんまいこと飛べる薬とか魔法って……?」
トオルがユリーヌとファタリーを見つめるが二人は首を横に振る。
「では、やはり私が」
ヴァーネイラが言いかけた時、ユリーヌが口を開いた。
「エルフのお嬢さん。このエルフ猫はそちらの村出身かしら?」
ナターシャはケンシンを見ると
「えぇ、ケンシンちゃんはうちの村にいた猫ちゃんですよ。ただ、村にいた時は親猫もおらず子供たちや猫たちにはいじめられていて……それを助けたトオルさんの相棒になったんでしたよ」
ナターシャに甘えるように体をすりつけるケンシン。トオルはナターシャの説明に補足する。
「こいつ、俺たちの何倍もでかいダークオーガに噛み付いて引っ掻いてそれからはずっと一緒で……」
「ほぉ、これは面白い。ここには人魚、エルフ、それから魔女がいる。可能性はあるな。人魚のお姐さん髪を失礼」
プチッと黒髪を一本引き抜かれミリアは不快そうに顔を歪める。それでもお構いなしにユリーヌは髪を小瓶に詰めた。
「エルフのお嬢さん、失敬」
次にユリーヌはナターシャの頬についたままの涙を一雫、同じ小瓶に入れた。
「あの〜、怪しいもの作ってます? ユリーヌさん」
「おやおや、私は命の恩人である貴方の助けになりたいのよ。この勇者猫を使ってね」
「勇者猫?!」
全員が一気にケンシンを見つめた。
「魔女の村に伝わる古い歌があってね。救世主と共に生きた勇敢な猫が白銀の大きな翼を持って大空の魔物と戦うという一節があるの。伽話をもとにしているようだけど……救世主が親を持たぬ猫を救い、猫はその恩を返すように救世主の命を救う。似通っているでしょう? そこで、変身薬を作っているのだけど、人魚の髪にエルフの涙。あとは魔力があればなんでもいいのだけど……」
「救世主、ウイハにも伝わっています。あの古い本に、あぁやはりトオルさんは救世主様だったんだ」
カイが口を挟む。そしてミリアは納得したようにトオルとケンシンを交互に眺めた。
ドヤ顔のケンシンを抱えつつ、トオルは行方を見守った。ユリーヌは魔力のありそうなものを探し、全員の顔を順番に眺めた。
そして、カイに向かって微笑みかける。美女に微笑みかけられてカイは顔を綻ばせ、シーオーガ族の大きな犬歯がきらりと光る。
「ちょいと失礼」
「あっ、私の杖!」
ユリーヌはナターの魔法の杖を拝借するとその鋒をポンッとカイの口元に当てた。
「あががっ、いでぇっ!」
カイ自慢の犬歯が一本ぽろりと抜けるとふよふよと浮遊してユリーヌの持つ小瓶の中に入った。
「シーオーガ族の歯。これで完璧だわ」
ナターは杖を受け取り、カイは口を抑えて転がった。ミリアは愉快に笑うとカイに
「お役にたったわねぇカイ。歯なんてすぐに生えるんだからいいじゃない」
と茶化した。
そんなことはお構いなしにユリーヌは完成した魔法薬をケンシンに差し出し、ケンシンは疑いもなくそれを舐めた。
するとケンシンの体がみるみる大きくなり、馬ほどの大きさで背中には大きな翼を持つ大猫へと変身したのだ。
「これで、あいつのそばまでいけるぜぇ。トオル早く成敗にしに行こう!」
「ケンシン、お前の勇敢さずっと気になってたんだけど特別な存在だったんだな! 俺も腹括るぜぇ」
謎の魔法薬を、しかも自分も死ぬかもしれない行動のために作られた魔法薬を躊躇なく舐めたケンシンをみてトオルも腹をくくったようだった。静かに立ち上がるとポケットからスマホを取り出し、ナターシャに持たせた。
「ナターシャさん、俺の姿をこの箱の光が消えるまでこうやって写していてください」
*** *** ***
「Truです。今日は最後の配信になるかもしれないので枠をとってます。かくかくしかじかで俺はあの悪いやつをワープさせようと思ってます。死ぬかもです。これが最後の配信になるかもなので、皆さん俺の勇姿を見守ってください」
トオルは皆に背を向けると大きくなったケンシンにまたがって、ヴァーネイラから秘薬を受け取った。
「ケンシン行くぞ!」
「おうよっ!」
大きな羽音を鳴らし、ケンシンが羽ばたきながら一気に駆け出した。まるで飛行機の離陸のように徐々に地面から足が離れトオルとケンシンは浮かび上がった。
そして、ナターシャは彼の姿をスマホの画面に写し続ける。
<おぉ!!飛んだ!>
<なんかわからんけど、がんばえ!>
流れるコメント、プツプツと切れて大量に投下される。
「トオルさん、どうかご無事で」
トオルたちが厄災にぶつかった瞬間。目が眩むほどの眩い光が走り、ナターシャが目を開いた時にはトオルたちも厄災の姿も無くなっていた。
と同時にスマホが「シューン」とシャットダウンの音を立てて電源が切れた。
ナターシャはすっかり晴れた青空を見上げ、そっと涙を流した。トオルの残したスマホを抱きしめて、消えそうな声をあげる。
「どうか、どうか生きていて」
全てがおわった戦場に歓喜の声は上がらなかった。誰かが犠牲になった勝利を喜べるほど愚かなものはそこにいなかった。
「ヒトの子の弱さが生み出した化け物を、たった一人の弱き子が救ったのね。カイ、あれが救世主と呼ばれるもの。よーく、覚えておいで」
「あぁ、救世主様……あぁ……」
ミリアがそっとカイの頭を撫でた。ワンワンと号泣するカイ、その奥で静かに涙を流すナターとじっとトオルが消えた空を見上げるファタリー。
「大丈夫だね、これを飲んで休んでなさい。そっちの子は? 火傷かい、それならこの煎じた薬草を刷り込んで。回復薬が欲しい子は並んで! ほら、そこのでかいシーオーガくん、泣いてないで手伝っておくれ。あの人間は泣くことなんか望んじゃいないよ」
ユリーヌは傷ついた竜人兵士たちの看護に動き出していた。声をかけられたカイはきょとんとしつつもすぐに駆け寄って手伝いを始める。
カイがユリーヌの顔を見上げた時、彼女の頬にはうっすら涙の跡があったような気がした。
「トオルさん、ありがとう。貴方がこの世界に来てくれて……あなたこそ本当の救世主ね」
ヴァーネイラは悲しそうに微笑むと、竜人たちの手当てへと指揮を取るのだった。
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