episode.46 不思議な力と厄災


 トオルたちの前に現れたのは魔法使いのファタリーとナターだった。


「雷を打ち消すには雷です!」


 二人は杖を振って大きな雷を作り出し、厄災が放ったものと打ち消すどころかはねっ返して厄災に命中させた。


 雷が直撃した厄災は動きを止め、煙を上げながら地面へと墜落する。


「さぁ、皆さん。これを」


 そういって小瓶を取り出したのは魔女のユリーヌ。戦争に合わせて回復薬を大量に増産していたらしい彼女はトオルたちの魔力と体力を回復する。


「くらえ!!」


 ナターの放った無属性の魔法斬撃が厄災に命中すると、厄災はぐるぐると影を溶かし大きな球体になった。その球体はみるみるうちに浮かび上がると不穏なほど静かに佇んでいた。


 しばらく、厄災の反撃があるのではと構えていたトオルたちだったが奴が反撃してくることはなく竜人兵士たちは一時撤退、トオルたちの元へヴァーネイラがやってきたのだった。


「ヴァーネイラ様、これは?」


「あなたの旅行扉トラベルポーターはあなたの願う場所へ届けるもの。けれど、厄災がこの世界に干渉したせいで歪みが生じてしまった。おそらくあなたが願ったことが複雑に作用して『あなたを助けられる者を召喚』してしまったのでしょう」


 ヴァーネイラはナターシャ、ミリアとカイ、ファタリーとナター、ユリーヌと目配せをする。


「皆さん、我々竜人と手を組んでくださりありがとう。本当に……」


 最初に口を開いたのはミリアだった。


「人魚族は竜人を好いてはいませんわ。はるか昔は食って食われる関係だったのですから。私は竜人ではなくトオルを助けにきたのだから」


「ちょっとミリア様、女神竜様相手に失礼ですよ」


「カイ、お前はなんの役にも立ってないじゃない。まるでノソノソ歩くコグーのようだったわ? 私を抱えてただけなのだから黙ってなさい」


——コグー?


 トオルはコグーという言葉に何か感じるものがあり思い出そうと思考を巡らせる。


 一方で女神竜相手にも怯まない気ままなミリアとミリアの無礼を代わりに謝罪するカイ。その奥では魔法使いの二人とユリーヌが睨み合っている。


「あらごきげんよう。魔法使いの皆さん」


「君はあの時の魔女っ!」


 怯えるファタリーとナター。それを面白がっているユリーヌ。ユリーヌのそばにはあの不死猫が呑気に座っていた。


「トオルさん、お怪我はありませんか?」


「ナターシャさん……あのありがとう」


「いいえ、恩返しができて本当によかった。エルフが持つ古来よりの力が使えて少し興奮しているんです。うふふ、私ちょっと活躍できたでしょう?」


 鈴を転がすように笑うナターシャにトオルも釣られて笑った。真剣な表情のままのヴァーネイラが皆をまとめるように声を上げる。


「トオル、みなさん。あなた方の攻撃により厄災の一時的な弱体化に成功したようです」


 トオル、ケンシンをはじめとして集められた仲間たちも顔を見合わせて喜んだ。しかし、ヴァーネイラの表情は硬いままだ。


「ほれ、まだ続きがあるようよ」


 ミリアが浮かれてトオルとハイタッチしたカイをつねった。


「ですが、あれを完全に消滅させることは難しいでしょう」


「しばらくしたら復活するってことですか?」


 トオルの声にヴァーネイラは静かに頷いた。すると歓喜ムードだった戦場に再び暗いムードが漂う。


「ですから、私があれと一緒に異界に旅立ちます。旅行扉トラベルポーターを使ってあれをこの世界ではないどこかへ連れて行くのです。皆、ありがとう。あそこまであの厄災を弱体化できれば、私があれを連れ去る猶予があります。この世界は新しい女神竜の誕生まで少しの間不安定になりますが……問題ないでしょう」


 ヴァーネイラの言葉に反論したのは魔女のユリーヌだった。


「それでは、貴女は異界へ? あの化け物と?」


「えぇ、そうですよ。旅行扉トラベルポーターの隙間と呼ぶべきでしょうか。空間と空間のはざま……その永遠を繰り返す異界にあれを閉じ込めるのです。そこであれは永久の時を生きながらえながら過ごすことになるでしょう」


「では、貴女は?」


「私は異界で死にます。命を終えれば、この世界の理が新しい女神竜を生み出しましょう」


 ユリーヌは納得いかない様子で


「自分が犠牲になって死にこの世界を救うと?」


「えぇ、ですから協力してくれますねユリーヌ。魔女と魔法使いの血を持つ貴女なら少しの間だけアレの時を止める薬を作れるのでしょう? 私の……女神竜の涙があれば」


 ヴァーネイラの瞳から涙がこぼれ落ちた。回復薬が入っていた小瓶に落ちた涙、黄金に輝く一雫にユリーヌは表情を曇らせる。


「魔法使いと魔女の血……まさか」


 ファタリーとナターは驚いていたが、ユリーヌはそれを無視して調合を始める。その時、空気がぐわんと揺れ、なんとも言えない嫌な感覚が全員を襲う。


「あぁ、別れを惜しんでいる時間はありませんね。さぁ、ユリーヌできたものを」


 ユリーヌは小瓶をヴァーネイラに渡した。


「トオルさん、新しい女神竜が生まれればすぐに元の世界に戻れるようになるはず。本当にありがとう。貴方はこの世界の救世主よ」


 ヴァーネイラの決意とその言葉に言い合いをしていた周りのみんなはシンと静まった。ナターシャは祈りながら涙を流していた。


「あの……感動の雰囲気の中申し訳ないんすけど、その役目俺にやらせちゃもらえませんかね?」


 トオルの発言に一同が目を丸くした。

 女神竜ですらどうにもできない相手を、一番弱い種族の人間であるトオルが倒そうと言ったのだ。




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