episode.10 目覚めは幼女とこんがりパン



『ららら〜……』


 耳の中に水が入ると、コポンと水泡が上がる音が聞こえ水中に響く声が脳内に響く。複数の歌声はが次第に大きくなっていく……。



***



 トオルが目を開くと、視界のほとんど幼女の顔。リータが超至近距離で彼を見守っていた。


「下画角なのに可愛いってどゆことよ……?」


 リータはトオルの目覚めを確認するとピンク色の綺麗な目を輝かせ大きな声を出す。


「ままぁ!! おにいちゃんおきた〜!」


 リータがパタパタとどこかへ走っていくとやっとトオルはこの場所が、ナターシャの宿屋であることを認知する。優しい木の香り、ログハウス風の部屋の中ベッドはふかふかで若葉の匂いがした。


「トオルさん! よかった……よかった」


「ナターシャさん? 俺……」


「トオルさん、西の貯水湖に住む人魚たちが助けてくれたのですよ。湖畔で倒れているところをこのネコちゃんとそれから村人たちが発見したって。人魚たちの話によれば突然、ダークオークと共に湖に落ちてきた……とか」


「人魚……?」


「えぇ、人魚はいわば『水棲のエルフ』です。私たち陸棲のエルフとは協定を結んでいて仲が良いんです。それにしても、トオルさん。あなたって一体……不思議な力をお持ちの人間もいるのですね。魔法の一種でしょうか?」


「そ、そうっす。ワープ的な? こう遠いところにもびゅーんと」


「でも……本当に、本当にありがとうございます!」


「おにいちゃん、ありがと!」


 飛びついてきたリータをトオルが抱っこしてサラサラの髪を撫でてやると彼女は嬉しそうにケタケタと笑う。


「あの、お二人とも怪我は?」


「リータの方は少し擦り傷がありますが体には問題ありません。先ほど、村の術師ばあや様がいらして傷の治療を。トオルさんの傷もです」


 そういわれてとトオルは腕をみるとネコの引っ掻き傷は消えていた。


「すごい……消えてる」


「エルフの回復魔法ですから。さ、トオルさん。まだ市場は復活していませんがご飯を作ったので一緒にいかがでしょうか?」


 トオルはベッドからたちがあって彼女たちと一緒に1階へと降りていく。すると、パン屋にでもいる様な香りが中を包んでいることに気がついた。

 宿の1階は1番の安部屋(最初にトオルが落ちてきた部屋)と食堂があり、食堂は可愛らしいカフェ風でナターシャのエプロンと同じギンガムチェック柄のクロスがテーブルにかけられている。


「ぜひ、あの……記録を取っても?」


「どうぞ。そうだ、これ人魚さんたちから預かっていたんです」


 トオルはナターシャから自撮り棒とデジカメを受け取った。無論、防水ではあるものの水中カメラではないので起動はしない。しかたなくリュックの中からスマホを取り出してそちらで撮影することにした。


「うまそ〜」


 テーブルに並んだのはこんがり焼けたフランスパンとビーフシチューのような茶色いスープだ。


「焼きたてのパンとローシチューです。ローはこの大陸でも有名な美味しい牛のお肉で村で貯蔵してあったものを分けていただいたんです」


「そんな貴重なものいいんですか?」


「はい、だってトオルさんはこの村を救ってくれた英雄ですもの。悪いオーガを倒して村を危機から救ってくれたのですから。さぁ、たくさん食べてください」


「いただきまーす!」


 ローのシチューは野菜のブイヨンがベースのビーフシチュー。大きい野菜や肉がゴロゴロ入っているが、木のスプーンでサクッと切れてしまうほど柔らかくてトロトロに煮込まれている。

 ほのかな甘みと香草がスパイシーでとても食欲をそそる味だった。

 それに合うのが焼きたてのフランスパンだ。まだ熱々で外はカリカリ、ちぎってみれば中はふわふわでもちもち、シチューにダンクするとじゅわっとシチューをスッてパンが重くなる。


 口に入れると火傷必須だが、悪魔級に美味い。


「うまっ、うまっ」


 美味しそうに食べるトオルをナターシャは優しい笑顔で見つめる。その隣でリータも美味しそうにシチューを啜っていた。


「まま〜、とろーっとしようよ!」


「えぇ、そうね。そろそろ頃合いね。トオルさん。ちょっとお待ちくださいね」


「は、はい」


 ナターシャは大きな半円型のチーズを抱えてくると、テーブルの上のありとあらゆるものに溶けた部分をナイフで削ってかける。


「おぉ、スイスのラクレットチーズ……みたいだあ」


「これはローのチーズですよ。トオルさん。ストップと言ってくださいね」


「はい〜、もうちょっと、もう少し! もう一声! ストップで」


 シチューとパンの上にトロトロチーズをかけてもらってトオルはより一層旨味を増したそれを頬張った。


「うんめぇ〜!」


「そうだ、ほんの数週間あれば市場も元通りになりますよ。よければ、その美しいエルフの村も記録しにきてくださいね」


「えぇ、すぐに飛んできますよ。ところでお二人さん。はいチーズ!」


 トオルは可愛いエルフ母娘とスマホで写真を撮る。


「みしてみして〜! わぁ、ままかわいいねぇ」


「ほんとうねぇ、トオルさんの国はすごいんですね。あら、リータったらお目目を閉じちゃっているわ。トオルさんもう一回」


「はい、チーズ!」


 シャッター音に合わせて目を見開く可愛いエルフたち。トオルは命をかけてこの人たちを助けてよかったと心から思うのだった。


***


「それじゃ、しばらくしたらまた来ます。もちろん、お金も」


「お金は入りませんよ。寂しいけれど、またいらしてくださいね!」


 トオルはずしっと重いリュックを背負って、初めにやってきた部屋に入る。もちろん、あったはずのワープはないが……


「俺の部屋の押し入れに戻りたい」


 そう呟きながら右手を前に出すと、ズキンと右手が痛んでワープ空間が現れた。


「さ、帰るぞ〜!」


 ワープに身を投げ、トオルは読み通り自分の部屋の押し入れに到着した。以前、結衣ちゃんが片付けてくれたから部屋の中は割と綺麗にされている。


「とりま、腹一杯だしシャワー入って寝るか……ってか、デジカメ修理かぁつれぇ……」


 リュックをドカンと下ろし、壊れてしまったデジカメを取り出そうとチャックを開けた。

 そして、トオルはどうしてリュックが重かったのかその理由をすることになる。


「ナ”ー!」


 薄汚れた灰色の毛、その割には綺麗な顔にしゃがれた声。

 トオルを救ったり、引っ掻いたりしたあのネコだった。


「お前……ま?」


 異世界から連れてきた事実にトオルは脳内がぐしゃぐしゃになる。異世界へは他の生き物は行き来できなかったはず。けれど、目の前の事実はそれを否定していた。


「ナ”ーゴ!」


 ネコはトオルの手に頭を擦り付けると満足そうにしゃがれた声で鳴いた。

 




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