episode.53 砦へ
「まさか、この日のために用意してたのが役に立つなんてね! トオルくん」
「まぁ結衣ちゃんはさすがっすわ」
「ふふふ、さて。食べ歩きはできそうなの?」
「いいや、戦争とかそういう話になってるっぽい」
「やっぱり、召喚されたってことはトオルくんが必要だとあの竜女神様が判断してるってことなのかしら。とりあえず、前と同じように問題を解決したら食べ歩き配信をしましょうか。じゃあ、何かあったら声かけるから」
「了解、ありがとう」
トオルは小型のマイクと片耳イヤホン、それから小型カメラのセットを身につけて接続しているスマホをポケットにしまった。
これは結衣が常に彼の冒険を手助けに考案したもので、映像・音声を異世界にいる結衣に届けることができるのだ。Wi-Fi用の
「あれ、ケンシンちゃんは?」
「今、迎えに行くところ。俺から離れないって約束で解放してくれるってさ」
「わかった。私はトオルくんからもらった情報をまとめておくね」
「あざっす」
<結衣の音声がミュートになりました>
***
「では、あの猫が救世主様の相棒……白い乗り物だと?」
山羊の獣人は不満そうに眉を上げた。年寄り連中は顔を見合わせて「人間の乗り物は草食獣の特権なのに」と口々に文句を言った。楽観的であまり物事に怒らないトオルでもあまりの偏見に眉間に皺がよるほどに不快だった。
肉食獣と草食獣では確かに歴然とした力の関係があり、自然界では弱肉強食。圧倒的弱者である彼らが過敏になるのも無理はないが……トオルにとって聞いていて心地の良いものではなかった。
——見た目
それが何よりも彼らにとっては大事で、中身が優しいかどうかなどまるで気にすることなどないかのようだった。その様があまりにも露骨で異常なまでの嫌悪にトオルは違和感を感じた。
「村長、確かに危険かもしれませんが……今は彼に従うほかないかと。もしも、何か事が起こればこのギニが責任を取ります」
ギニがそういうと年寄り連中は渋々トオルに
「では、あの白い猫を自由にしてやってくれ」
と言った。
トオルは檻の中にいるケンシンを
「ケンシン、悪いがみんなを怖がらせないでくれよ」
と牽制した。ケンシンはハムスター3人娘に目を輝かせていたが悔しそうに
「わかってるぜ、俺そんな子供じゃないし」
と言った。ただ、やはりネズミ系の獣人を見るとケンシンは何かをくすぐられるらしく尻尾をぶんぶんと振ってみせるのでトオルはヒヤヒヤする。
「では、いきましょうかトオル様」
ギニはテントの入口の布を開けてトオルたちが出るのを待ち、そっと布を下げてからため息をついた。
「すみません。特に長老たち年上の世代は肉食獣との戦争を何度も経験しとても過敏になっているのです。ですが、ここのところ様子がおかしく……」
「様子がおかしい?」
「えぇ、トオル様も先ほどの彼らをみて感じたでしょう? 彼らはあまりにも見た目や種族にこだわりすぎるのです。この数ヶ月、そうですね……あの砦が占拠されたくらいから……」
「足元、お気をつけください」
前を歩くギニは褐色肌の大男で、角以外はほとんど人間と変わらない容姿だ。長いまつ毛と優しそうな顔つきは男のトオルでも惚れてしまいそうになるくらい美しい。
彼は石造りの砦の入り口でぴたりと止まるとドアを塞いでいた岩を軽々と動かした。
「トオル様、この先の砦の中に奴はおります。このギニも同行しましょう」
「ケンシン、気をつけろよ。相手は大きなライオンだそうだ」
「あいよっ」
ケンシンは戦闘に備えて翼の生えた大猫の姿に変身した。
「えっ、お前……変身できるのか?」
ぎょっとしたトオルにケンシンは自慢げに三角耳をピロピロさせた。
「あの魔女のくれた薬はずっと効果が続くみたいだぜ。あっちの世界じゃ使えなかったけど……かっこいいだろ〜」
トオルがケンシンの背中に触れると溢れんばかりのもふもふ。真っ白な翼を折りたたんでふさふさの尻尾を揺れる。
ギニは目を丸くしつつも、書物にあったのと同じ姿のケンシンに安心したような表情を見せた。
「あの! すす、すみません!」
突然声をかけられてトオルたちが振り返るとそこにはあのプレーリードッグの女の子がちょこんとたたずんていた。
「ミーシャ、どうかしたのか?」
ミーシャと呼ばれた彼女はつぶらな瞳をトオルに向ける。ケンシンをみて怖がりつつも彼女は両手に持った何かを差し出した。トオルが受け取ってみるとそれは小さな白い花であった。
「オブリーニ様の……亡骸がもしも砦の中にあったのならこのお花をお供えください。オブリーニ様は……白く小さなウサギのお姿をされておられます。どうか……」
「わかった……」
トオルは涙をいっぱいに浮かべるミーシャを見てもらい泣きしそうになり強く瞬きをする。
「あの、トオル様。先ほどは村長たちがごめんなさい。オブリーニ様がいなくなって、肉食獣たちが攻めてくるようになって……みんなおかしくなってしまったんです。本当は穏やかで優しくてとてもいい人たちなのです。だから、どうか、どうか嫌いにならないで」
ミーシャは震えながら一生懸命に言うと走って村の方へと帰っていった。
「彼女は、オブリーニ様の幼馴染でした。きっと、誰よりも想いが強いのです。申し訳ございません、無礼をお許しください」
ギニはそう言うと申し訳なさそうに頭を下げた。
「いや、そんなことは……行こうか」
「はい、参りましょう」
ギニは砦の扉を開けた。
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