1 異世界食べ歩き 草食獣人の国 編
episode.52 囚われのケンシン
「ぐぎゃ!」
着地ですっ転んだトオルは乾いた土の味とそれから後頭部への打撃ですぐに意識が朦朧とする。
ドクドクと脈打つ後頭部、うっすらと視界に入るのは足。二本足なので人型だろうかとトオルは予測する。
「おい、まさか女神竜様のお使いじゃないか?」
「ふざけるな、女神竜様のお使いがこのような汚らわしい肉食獣を抱いているわけなかろう!」
「じゃが、不可思議な空間より現れる……まさにこの者たちのようじゃぞ?」
「フシャー!」
「ぎゃーっ! 引っ掻かれた! くそ、人間の方は長老たちの建物へ。この獣は……檻に入れておけ!」
トオルは何者かにひょいと担がれる。彼の腕にふさふさした毛があたり、うっすらと目を開けると目の前の獣人と目があった。
「ひゃっ……まだ意識が?」
トオルと目があった女の獣人は両手を顔の前で揃えると不安そうにキョロキョロと中を見回した。彼女の小さくて丸っこい耳とちょっと大きな2本の前歯はプレーリードッグを想像させる。
「ケンシン……」
トオルは遠くに見えるケンシンの姿を目で捉えた後、すぐに気を失ってしまった。
***
「では、貴方様は400年前に女神竜ヴァーネイラ様と共に厄災から世界を救ったお方なのですね?」
トオルが連れてこられたのは、モンゴルの遊牧民が住んでいるテントのような一際大きな建物の中だ。彼を取り囲むように牛、山羊、羊にウサギ、さまざまな獣人たちが座っている。
獣人は耳だけが生えている人間よりの者もいれば、ほとんどが動物だが二足歩行の者など見た目はさまざまだ。
一つ、共通している点があるとするならば「草食動物」であることだった。
「400年……っすか?」
「えぇ。書物ではそのように伝わっておりますよ。人の子が呼びし厄災を人の子が沈め消し去ったと。救世主様とその乗り物は忽然と姿を消してしまったとか」
年老いた山羊の獣人が取り出した書物には厄災と共に空の彼方へ消えていくトオルらしき人間と白くて巨大な翼の生えた動物が描かれていた。
「これは俺なんですけど……なんというかそのそうっすね」
「うーむ……人間族の寿命を考えてもあまり信憑性のない話ですな。恐れ入りますが、もう一度竜人の力を見せていただいても?」
「あ、ハイ。じゃあテントの外につながる
トオルは右手を突き出して強く念じた。すると
それをみていた獣人たちは不思議そうにワープに触れて同じようにテントの外に移動してきた。
「おぉ、これはすごい」
「まさに、竜女神様のご加護」
「けれど、大きな乗り物の姿がなかったわ?」
「そうよ、人間が乗る生き物といえば我々と同じ草食動物のはず」
「確かに、彼は忌まわしい肉食獣を連れていたな」
「あの〜、肉食獣がどうとかってお話なんすけど、何かあったんですか?」
トオルの質問に獣人たちは顔を見合わせると小さくため息をつく。そして、今度は水牛の立派な角を生やした褐色肌の大男が低い声を響かせた。
「この村は、自然豊かな広く美しい国でした。このテントから出れば見渡す限りの草原と美しい空が広がる、それはそれは自慢の場所でした。けれど、今は木を切り倒し防壁を築き、いつ襲ってくるかもわからない恐怖に怯えているのです」
「襲われる?」
「えぇ、はるか南に住んでいたはずの肉食獣たちが戦争を仕掛けてきているのです。我々草食獣の獣人たちはもとより戦闘民族ではありません、ひっそり平和に暮らしていたのです。けれど……奴らは国の宝を狙っているのです」
「ギニ。やめなさい」
山羊の獣人が水牛の獣人にピシャリと言ったが、ギニは
「長老も見たでしょう? 彼は救世主様、女神竜様のご加護を持ったお方。全てを話さないと。すみません」
トオルはちょっとだけ壮大になりそうな予感を感じつつ、申し訳なさそうに片手をあげる。
「あの〜、話も聞きますし……俺にできることであればなんでも協力をするんですけど……俺の相棒を解放しちゃくれないですかね?」
「それはできません。あの白い猫は肉食獣ですから」
「いや、肉は食わないしどちらかといえば魚の方が好きなんで大丈夫だと思うんですけども……」
とトオルは言ってみたものの、テントの端っこで小さな獣人が3人ブルブルと震えているのを目にしてしまった。彼女たちは両手でナッツを抱え、ほっぺたを膨らませているところを見るとハムスターの獣人のようであった。
「猫……天敵なのよっ、怖いわマミー」
「ミミー大丈夫よ。窮鼠猫を噛んだら大丈夫っていうじゃないね?ムミー」
「そんな言い伝えはないのよミミー。私たちは猫ちゃんのおもちゃになってしまうのだわ、あぁあぁ」
黒めがちな瞳たちがトオルをじっと見つめる。
トオルはついこの前までお気に入りのネズミのおもちゃをズタズタにしていたケンシンを思い出してため息をついた。
(こりゃ、流石に可哀想だよなぁ)
「あ〜、まぁはい。一旦、わかりました」
とケンシンに心で謝罪をしつつ解放を諦めたのだった。ほっとするハムスター獣人たちをみてトオルの心は傷んでいるのか癒やされているのがぐしゃぐしゃになったが、ギニと呼ばれた水牛の獣人が奥から持ってきたものに目を奪われた。
「これは数ヶ月前、とある旅人が持ってきた『聖者の魂』と呼ばれる宝玉でございます」
丸い水晶玉ほどの大きさのそれはトオルが今までに目にしたものの中で一番美しいと言っても過言ではないほどの宝玉だった。ダイヤモンドのような輝き、オパールのような不可思議な光を帯び、真珠のように魅惑的だった。
トオルはその宝玉が美しいだけではない不思議な魅力があることに気がついていたがギニが木箱の蓋を閉めてしまったため少し残念な気持ちになった。
「おそらく、これを求めて肉食獣たちは戦争を……その上、国王のオブリーニ様は忌まわしき肉食獣に殺され、我々の城はアイツに占拠されてしまったのです」
オブリーニの名前が出るとテントの中にいる獣人たちは悲しそうに俯いた。ギニも悔しそうに唇を噛む。
「王様がいるんですか?」
「えぇ、オブリーニ様は我が国の王。この宝玉を受け取った翌日……私が城に入るとそこにはオブリーニ様の姿はなく1匹のライオンが鎮座しておりました。おそらく、宝玉を求めてやってきたんでしょう。家臣たちは全滅、きっとオブリーニ様も……我々生き残ったものは奴を城に閉じ込め、宝玉をこちらへ移し……こうして襲撃に怯えていたのです」
「だめだ……結衣ちゃんに話を整理してもらわないとだな。とりあえず、皆さんの願いってのは?」
「そうですね、まずは城を取り戻したく……竜人様のお力で城に閉じ込めているライオンを追い払っていただくことは可能でしょうか。死んだ仲間たちの弔いもできず……」
「じゃあ、ちょっと準備してきます」
トオルは一旦、
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