episode.51 追いかけられるのは初めて
「なぁ、結衣ちゃん。ちょっとお話が」
豪華な料理が並んでいるのはトオルの収益祝いを兼ねた二人でのパーティーを行っているからだ。高級なシャンパンに美味しそうなオードブル、結衣お手製のミートローフ。どれもこれも美味しくてトオルは腹も心も満たされている。
ただ、彼は今日ここで男としてしっかりと結衣に意思確認をすべく……情けなく酒の力を借りつつも口火を切ったのだ。
「どうしたの?」
「あのさ、ぶっちゃけ結衣ちゃんは今ほとんど俺と一緒に住んでいて……元リスナーでもあるし、そのさ。俺のことどう思ってるの?」
結衣はシャンパングラスを置き、ちょっとだけ赤く染まった頬を両手で抑えて恥ずかしそうに
「そりゃ、大好きよ。私は初めてのリスナーになってからずっとずっとトオルくん、Truチャンネルを追いかけてるんですもの。元リスナーじゃなくて今だってずっと最前線のリスナーよ。お給料ももらってるけれどほとんど投げ銭してるもん!」
「ゆ、結衣ちゃん?」
思ったのと違う反応が来てトオルは大変困惑している。その一方で結衣の方もトオルと同じく「関係を壊さないためにプライベートの好きではなくリスナーとしての好き」を伝えようと考えていた。
無論、トオルが「恋人になろう」とストレートに発言できればよかったのだが1度目で思った回答が返ってこずにヒヨってしまったのだった。
そして、お互いに「好きだけれど今の関係を崩したくない」という臆病な会話が変な方向に曲がっていく。
「トオルくん。あらためて……こうして関わらせてくれてありがとう。Love沼改め恋沼結衣。一生をかけてでもトオルくんを幸せにするために頑張ります!」
「ちょっと待って結衣ちゃん」
「なに?」
「お給料を投げ銭してるってガチ?」
「うん、トオルくんが異世界に行けなくなってから私の住所は杉並区の方のマンションに移しちゃってるから家賃もないし、お給料30万円ももらってるけど使い道はほとんどないからほぼ全額投げてるよ」
さも当然のごとく結衣は笑顔でそう言ったが、狂気の沙汰ではない。
トオルの配信で稼いだお金の一部をマネージャーとして受け取り、それを次の配信で投げている。配信者であるトオルにはその狂信的なリスナーである結衣の気持ちが全くわからなかった。
「それってさ、まぁでもありがとう?」
「どういたしまして。これからももっと投げ銭をしたいからお給料が上がるようにガンガンお仕事頑張るね!」
トオルはこの辺りで既に告白へのモチベーションはゼロに近かったものの、ケンシンが不満げに「ムー」と鳴くのでもう一押ししてみることにした。
しかし、彼は恋愛経験の少ない恋愛弱者。
「もし、俺がこんなふうに人気がなくなってさ結衣ちゃんにお給料を払えなくなったりこういう家に住めなくなったらどうする?」
結衣は
「私が何をしてでも稼いでトオルくんの収益の足しになるように投げ銭をするよ! 私、そのために資格取得の勉強もしているし……資産運用とかも学んで絶対にそんなことにはさせないからね!」
と即答した。
狂気さえ感じるような結衣のリスナー魂はホンモノなせいで二人の甘酸っぱい恋模様がおかしな方向に行き、トオルは頭が混乱した。
(これは……フられたのか……? いや、でも結衣ちゃん俺が好きっていってるよな?)
トオルは、追う恋をした経験はあれど追われる恋は初めてなのである。ただ、結衣の方があまりにも強火すぎるせいで彼の思考はほとんど停止していた。
「じゃあ、あたらめて私たちの新しい門出に乾杯、トオルくん」
シャンパングラスを持って楽しげに笑う結衣を見てトオルはもう少しこのままでいても良いと考え、右手にグラスを持った。
——持とうとした。
しかし、右腕に鋭い痛みが走るとトオルは引っ張られるような感覚に襲われ顔を歪めた。シャンパングラスが大理石のテーブルに落っこちて割れる。
ケンシンが猛スピードでトオルに飛びついてしがみつくように爪を立てた。
「トオルくん!」
ピカッと閃光が走って彼とケンシンは結衣の前から姿を消したのだった。
*** あとがき ***
お読みいただきありがとうございます!
次話より第2部 4聖者の悪魂 編 はじまります。
作者のモチベーションが上がりますので、広告下の☆で評価するの+ボタンからぽちっと3回よろしくお願いします。書籍化したいです!
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