間章 億万長者と甘酸っぱい思い編
episode.50 億万長者と敏腕マネ
「百、千、万、十万、百万、千万、五億?!」
葉山の海風が心地よい高級低層マンション。2階のバルコニーでリラックスチェアに腰掛けていたトオルは転げ落ちそうになった。
あっちの世界を救うため厄災と共にこちらへ戻ってきた彼は
ケンシンの声は聞こえなくなり、美しい世界へいくことができなくなって落ち込んでいたが、マネージャーである結衣から
『きっと、救世主であるトオルくんはあっちの世界を救済したんだよ。あっちにとって異世界人であるトオルくんは救済の使命がなくなった。つまりはあっちの世界を救ったから力を失ったんじゃないかな』
それは不確かでトオルにとっては悲しい言葉であったが、「きっと自分が世界を救ったに違いない」と信じることは彼自身の心を救う言葉でもあった。
それからトオルは主に食べ歩きの動画投稿をメインに行い、100万人のチャンネル登録者たちに面白い動画を提供していた。
とはいえ、あの異世界でのエキセントリックな動画とは違って再生数は落ち込みつつある。
「トオルくん? どうしたの? 大丈夫?」
銀色のトレイにカクテル風のトロピカルジュースを乗っけて運んできた結衣はピンク色のビキニの上に白く薄いTシャツを着て、下は可愛らしいパレオがヒラヒラと揺れている。
海が見えるこのバルコニーで一緒にゆっくりするために出てきてみたらトオルが驚いていたので彼女は少し心配になった。
「結衣ちゃん、今日は収益が入る日じゃんか?」
「ええ。トオルくんがあっちの世界を救った配信の月の収益が入るね。そうだ、税理士さんに連絡入れなくちゃね。あれ、数千万再生行ってるし……どのくらいだった?」
「結衣ちゃん、みて!」
トオルは結衣にスマホを渡すと結衣はトレイをリラックスチェアのそばにあるサイドテーブルに置いた。
そして彼女も目をまるくして言葉を失った。
「結構長い動画だったから広告増やしたんだけど……こんなに収益入るなんて!」
「まさか、俺ってば億万長者?」
「今月の動画もほとんどが300万再生いっているし、それに案件もいくつか頑張ったから……来月すごいかも?」
結衣がやっと笑って、混乱していたトオルも手にした大きな喜びを実感していく。つい少し前まで底辺配信者兼フリーターだった彼が今は億万長者である。
ただ、それは宝くじがあたったとか、たまたま助けたお婆さんが資産家で遺産を貰ったとかそんな奇跡的なものじゃなくて彼自身が言葉通り命懸けで掴んだものだ。
ふつふつと込み上げてくる実感を冷やすようにトオルはトロピカルジュースを飲み込んだ。
「あ、もしもし。ご依頼しているTruチャンネルの件で。はい、今月分の収益が出まして……えぇ後でメールをお送りしますがかなり多額ですので」
「結衣ちゃん、仕事が早すぎるぜ」
トオルは仕事の早いマネージャーを見ながら、ふっと膝の上に乗っかってきたケンシンを撫でる。
「ナ”ー!」
「ケンシン、わかってるぜぇ。お前にもいいおやつってことだろう?」
ケンシンはブンと尻尾でトオルの太ももをたたき返事をする。
「みんな、元気でやってんのかなぁ」
トオルはケンシンを撫でながら異世界を想う。エルフのナターシャ母娘、シーオーガのカイに人魚のミリア、魔法使いの二人にクセ強魔女のユリーヌ。そしてお腹の弱い竜女神様。
まるで童話の中のような彼らは実際に存在したのだ。
「ナーゴ」
「あぁ、わかってるよ。お前がその証明だよな。ってかお前育ったよなぁ? 重いぞ」
不満げに髭袋を膨らませてケンシンが唸る。メインクーンという品種に非常に近い彼はまだ子猫でもっと大きくなる可能性を秘めているためトオルの足は悲鳴を上げ始めビリビリと痺れる。
「よし、これで貯蓄と……概算すると月に使用できる金額はこのくらいで……ぶつぶつぶつぶつ」
結衣がお金関係の独り言を言いながらスマホに夢中になっているのを横目にトオルは陽の光のしたでゆっくりと目を閉じる。
(あとは結衣ちゃんと正式にお付き合いするだけなんだよなぁ……)
トオルは大金を手にしたわけで、やっと隣に座っている敏腕マネージャーにコクるだけなのだがそれがなかなかうまくはいかなかった。
演者とマネージャーとして関係が一歩親密になったことが恋愛においては災いに生じてしまったのだ。結衣はトオルにとってなくてはならない存在ではあるが、恋人という非常にプライベートで儚い存在にしてしまうことで、彼女が離れてしまう可能性が高いとトオルは思っているのだ。
なぜなら、彼にはロクな恋愛経験がないからである。
「トオルくん。ざっと月に使える金額を算出したから、がんがん動画の企画を出してガンガン上げていこう! 今夜の配信の準備も進めちゃうね!」
「あっ、結衣ちゃん。ありがとう」
「いいえ、気にしないで。資金があると動画も豊かになるわ。うふふ、楽しみだねっ!」
少しばかり複雑な気持ちでトオルは頷いたのだった。
*** あとがき ***
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書籍化はまだ決まっておりません!(泣)
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