episode.55 少女と宝玉


 草食獣の獣人たちがこの場所に築いた国の名前は「平和の国」と言った。肉食・草食に限らず争う気の無い獣人であれば誰もが安心して過ごせる国を作ることが初代国王の理念であった。



「では、ついこの前まで肉食獣もここにいたのか?」


 トオルの質問にオブリーニは


「といっても、ここに住むことができるのは『理性』のある生き物のみです。ギニやミーシャのように人型、つまりは獣人たちと。俺のように姿は動物のままでも理性と言葉を操る者たちですね」


 オブリーニの話によると、獣人には人型(いわゆる耳や尻尾が生えているタイプ)と獣型(見た目は獣だが脳は人に近い)の2種類に大きく分かれるとのことだった。


「ってことは、草食獣人たちを襲わないと誓っていれば?」


「はい、獣人とはあいまいな者で肉だけを食べなくとも生きていけるのです。ここにも犬族や猫族も多くおりました。しかし、数ヶ月前、ある人間の少女がここへやってきたことで全てが変わってしまったのです」



***


 ぼろ布のようなフードを深く被った少女は、ふらふらと「平和の国」へやってきた。何日も食べていないように痩せ細り、靴も履かず、金色の髪は土が張り付いて茶色に汚れていた。


「どうか、王様にあわせてください」


 彼女は砦の門番にそういうと普段なら絶対に見知らぬ人を通さない門番がなぜか彼女をこの王座まで通したというのだ。

 門番をしていたバッファローの獣人が王座にやってきた時、その異様な雰囲気にオブリーニは大変驚いたものの、彼らが連れてきた少女があまりにも見窄らしくて彼女を拒否することはできなかった。


「平和の国へようこそ、お嬢さん。俺は国王のオブリーニ」


 オブリーニは小さな白いウサギ。それを見た少女はフードの奥の青い目をキラキラと輝かせた。


「可愛い可愛いうさぎさん。この国は素敵な国なの?」


「あぁ、そうだよ。ここは平和の国。誰も殺すことのない安全な国。お肉やお魚はないけれど、美味しいお野菜がいっぱいあるんだ」


「お野菜だけなの?」


「あぁ、ここは何かを殺して食べ物にすることはしないんだ。だから、お野菜だけなんだよ」


 少女は首を捻った。


「お野菜は生きていないの? お野菜は殺してしまうの?」


「お野菜は……確かに生きているけれど。感謝をしながらいただくんだよ」


「ウサギの王様、とっても素敵な国ね。この前に言った怖い獣人さんの国はこの宝玉を上げるのにはふさわしくなかったのよ。でもここはきっといい人が多いのね。この美しい宝石をどうぞ?」


 少女は懐から世にも美しい光り輝く宝玉を取り出した。その場にいたすべての人たちが手を止めて見惚れてしまう物だったという。


「お嬢さん、それは? 魔法に満ちている不思議な宝石だね?」


「そうよ。これはね、聖者の魂っていうの。不思議な宝石なのよ? みんなの純粋な心を映し出してくれるわ。そうね、ここが平和の国ならこの国はもっともっと平和になる。そうでしょう? みんなの願いを叶えてくれるのよ」


 そういうと少女は宝玉を床にそっと置いた。宝玉が床に触れた途端、大きな光を放った。少女の後ろに立っていた門番二人がばたりばたりと大きな音を立てて倒れ、甲冑がガシャンと歪む。


「あら……力を発揮する瞬間……心の弱い者たちは死んでしまうのね。次から気をつけなくちゃ」


 少女が宝玉を置いたまま、死体をまたぐようにして砦を出ようと踵を返した。


「待て、何をしたんだ!」


 そう叫んだオブリーニは自分の声が太く低い唸り声に代わっていることに驚いて発言をやめた。すると


「ら、ら、ライオンだぁー!!」


 生き残ったものの悲鳴が響き、砦の中は大混乱に陥った。オブリーニが銀のカップに映った自分の姿に絶望する間、少女は忽然と姿を消してしまったのだった。



***



「それで、俺は死んだ者たちを弔うためにあぁしてできるだけ綺麗に並べて寝室のシーツをかけたんだ」


 オブリーニの話を聞き終えた後、しばらくの沈黙が流れた。トオルがその沈黙を破るように


「その女の子とあの宝玉が悪さをしてるってことだよな……? じゃあ俺がどこかへ飛ばさなきゃならないのはあの宝玉の方ってことか」


 というと、ギニとミーシャは不安げな顔をしつつも首を縦に振った。


「救世主様、しかし一つ問題がございます。あの宝玉を欲して戦争を仕掛けてきている肉食獣人の国があります。もしも、救世主様の力で宝玉を葬り去ったとしても彼らの攻撃はこの国を滅ぼして宝玉を見つけるまで続くでしょう。ですから、彼らの目の前で宝玉を壊してしまうのが良いと思うのです」


「ミーシャ、今あの宝玉はどこに?」


 ギニの質問に答えたのはミーシャだ。


「村長様のテントに。けれど、救世主様のことを怪しんだ皆様がどこかに隠してしまったみたいなの。あの宝玉の近くにいればいるほど、おかしくなってしまうのかしら。私も、昔は人を見ても怖くなかったのに、今日救世主様を見た時とても怖かったもの」


「結衣ちゃん、なにかわかったこととかある?」


「うーん、でもさっきのオブリーニさんの話をちょっとこっちでまとめてみる。トオルくん、トオルくんはその宝玉を見たんだよね?」


「みた、なんかこうめっちゃ綺麗だけどちょっと綺麗すぎて不気味な感じだったよ」


「もしかしたらだけど……トオルくんがこの場所に召喚されたのは『トオルくんだけがその宝玉を壊せる』からじゃないかなって思うんだ。できそう?」


「トンカチとかあれば? ワンチャンいけると思う」



 ギニ・ミーシャ・オブリーニは顔を見合わせた。


「ワンチャン……?」

「ワンチャンとは……?」

「ワンチャン、人の名前かしら?」



「あ〜、多分壊せると思うってこと! ミーシャさん、宝玉の場所を教えてくれればそこにワープして取り寄せます」


 ミーシャは「それとなく探してみるわ」と砦を出ていく。


「ギニ、もうじき肉食獣人たちが攻めてくるだろう。俺は門の外で奴らを食い止める。君は国民たちを避難させてほしい。乾季の今、国の周りのお堀は使えん。できるだけ早く皆を遠くに避難させるんだ。救世主様、宝玉を手にしたらこの砦の頂上、鐘の塔の上で宝玉を壊してください。それが見えれば奴らは戦う意志を失うでしょう」


「けれど、オブリーニ様」


 ギニが何かを言おうとしたが、警鐘がそれを遮った。その警鐘は肉食獣人たちの軍がもうそばまできていることを意味していた。


「もうきよったか……。救世主様、どうかこの国をお救いください」


 オブリーニは砦を飛び出していった。ギニはその背中を見つめながら


「それでは……宝玉を壊しても貴方が死んでしまう」


 と唇を噛み締め、拳で床を一度殴った。


「ケンシン、ミーシャさんを探そう。結衣ちゃん、何かわかったら声かけて!」


 トオルはケンシンにまたがるとオブリーニの後をおって砦を出て村へと向かった。

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