episode.18 結衣、異世界へ行く
「あら、かわいいお嬢さんじゃない」
「どうも太田さん」
太田さんはトオルが住むアパートの大家をしている年配の女性である。ペットショップ帰りの2人に鉢合わせした彼女は、トオルが持っている猫グッズを見てニコニコになる。
「うちの子たちのキャットフードねお裾分けしようと思っていたのよ」
「まじっすか! ありがとうございます!」
「こんにちは、恋沼です」
「あらあら、串野くんもとっても可愛い彼女さんがいておばあちゃん安心だわ。はい、これ子猫ちゃん用のウェットフードね。きっと好みだと思うから食べさせてあげてね」
ケンシンはまだ生後1年未満の子猫らしい、と獣医さんに診断されていたのでトオルには非常にありがたかった。お礼を言って袋を受け取ると、トオルは太田さんに頭を下げて自分の部屋へと向かった。
***
「あのね、ケンシンちゃんが異世界とこの世界を行き来出るじゃない?」
結衣はケンシンのキャットタワーを組み立てるトオルの手伝いをしながら突然話題を変えた。先ほどまでは他愛もない猫が可愛いインフルエンサーの話をしていたのに。
「そうだな。こいつがもしかしたら特別な猫かもしれないけど……」
「私、仮説を立てたの」
「仮説?」
「トオルくんはワープを作り出せる。そのワープは基本的にトオルくんが行きたいと願った場所にすごく近いところに移動できる。ここまではあってる?」
「うん、エルフの村で得たことを考えるとそうだな」
「で、ケンシンくんは子供たちにいじめられているところをトオルくんに救われた猫ちゃんだったよね?」
「そうそう、石を投げられてたところを俺がこう子供たちを叱ってだな」
「でしょ? ってことはケンシンくんはトオルくんに懐いているわけだ」
「まぁそうかも……? 大体寝る時は一緒だし、膝の上にも乗るし?」
「けど、トオルくんはケンシンくんが異世界を行ったり来たりしたことに驚いたんだよね?」
「そうそう、こいつったら勝手にリュックにはいってさ〜」
「つまりだよ。ケンシンくんは常にトオルくんと一緒にいたいと思っている。けど、ワープの作成者であるトオルくんはケンシンくんを連れていく気はなかったってことだ」
「結衣ちゃん、話が難しいよ」
「つまり、トオルくんにくっついた状態で私が『トオルくんと一緒にいたい』と願ったら私も異世界にワープできるのかもしれないってこと」
「確かに論理的にはそうかもしれないけど……めっちゃ危なくない?」
トオルは完成したキャットタワーを部屋の端っこに動かし、結衣の目の前に座った。前回、エルフの村で起きたことを考えればトオルには女の子を連れていくという選択肢はなかった。
トオルは非常に楽観的な性格だが、目の前の女性を「危ないかもしれない」場所に連れていくことをホイホイとするほど落ちぶれてはいなかった。
「トオルくん。心配してくれてありがとう。けどね、私なら大丈夫。その、でもどうしても一目だけ連れて行って欲しいの」
トオルの手を握り、ぐっと近寄って上目遣いでお願いをする結衣。白くて好き通りそうなほどの透明感がある肌も、黒くて綺麗な瞳も、薄化粧なのにとっても長いまつ毛も。全てがトオルを貫くように熱くする。
「わ、わかったよ。じゃあ、行ってすぐに帰ってくる。そういう約束なら。それでさ、安全が確保できたらまた一緒に行くってのはどう?」
「エルフの村は?」
「もちろん、そのつもりだよ。けど、あっちは日本みたいに常に安全ってわけでもないし、結構小さな村だったから数日で治安が悪化してるって可能性もあるし」
ダークオーガというゲームでいう近所のボスは俺が倒したが、エルフも人魚もいるようなファンタジーな世界ゆえに何が起こるかはわからない。それはトオルも理解していた。
「じゃあさ、こう願ってみるのはどう? 平和で安全な場所って願ってみるの」
結衣は地頭がいい。
トオルは目の前にいる可憐な女の子が自分よりも遥かに頼りになるのではないか? と思った。
「確かに! じゃあ、行きますか! ケンシン」
「ナーゴ」
ケンシンはリュックにぴょんと入り込むと丸くなった。トオルはそのリュックを背負い、押し入れの扉を開ける。
「結衣ちゃん、ワープ空間見える?」
「見えないかな……」
「ってかさ、くっつくっていった?」
「いったよ。抱きついていい?」
「えっ?」
結衣はそういうとしゃがんでいるトオルの前に立つと腰を下ろし、トオルに座るように促した。そのままトオルと向き合った状態で結衣は彼の膝の上に座り、ぎゅっと抱きつく。
——平和で安全な場所にワープ!
と願いながら、トオルの脳みそはショート寸前。結衣のあんなところやこんなところを感じているからである。
そんな邪な気持ちのままトオルはワープに吸い込まれる。吸い込まれてしまえば彼女の安全を考えてトオルもぎゅっと抱きしめた。
——けど、後ろにはケンシン、前には結衣ちゃん。着地どうするよ⁈
——やばっ!
ワープの終わりを感じてトオルは目を開いてもう一度願った。
——ベッドの上!
ボフッと柔らかい感触、それから柔らかくて温かいものを下敷きにした感触。手と膝にはふわふわの布があたり、腕立て伏せの容量で体を起こす。
「ト、トオルくん……?」
トオルは結衣をベッドに組み敷いた状態で着地していた。結衣は顔を真っ赤にしてそっとトオルの背中から手を離す。
あまりにも刺激的な光景にトオルは体中の血が巡って鼻の中が熱くなる。
「おやおや、お客さん。今、
トオルと結衣は顔を見合わせてそれから起き上がって、にっこりと微笑んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます