episode.26 トオルもふもふ地獄



「うみゃい、うみゃい、うみゃい!」

「にゃむにゃむにゃむにゃむ」


 ババ様の小屋の中、30頭近い猫たちが横並びで食事をとっている。木の皿に盛られているのはトオルが調達したウェットフード。

 

「リナや、食べられるかえ」


「あぁ、ババ様。リナちゃんにはこれを」


 トオルは老猫用のミルクを小さなカップに入れると大家の太田さんから授かったスポイトで横たわったリナの口に垂らす。

 起き上がることもできないリナは少しずつ口についたミルクを舐め、


「あぁ、救世主様。救世主様」


 と涙声で礼をいった。


「えっと、弱っている猫ちゃんにはミルクをこうしてあげて、体力が回復してきたら徐々に柔らかいご飯にしてくださいってことです」


 トオルは大家の太田さんからもらったメモを読み終えると、ガツガツとご飯を食べる猫たちを微笑ましく見守る。エルフの村とは違って、この村の猫たちは非常に日本の猫に近い容姿をしていた。

 トラ柄、サビ柄、黒、三毛。


「トオルさん、ありがとうございます。我々シーオーガ族にとって猫たちはかけがえのないパートナー。まさか、この様な不思議な食べ物があるとは……まさか、ご出身で詳しいお方が?」


「あぁ、まぁそんな感じっすね」


 実のところ、トオルは一度部屋に戻りすぐに買い込んだ高級フードを持って戻ろうとしたのだが、庭先で大家の太田さんを見つけ猫に詳しい彼女に「弱っている猫を助けたい」と相談したのだ。

 太田さんは息子が獣医をしていることや、保護猫の保護活動にも積極的らしく急いでいるトオルに知恵を授けてくれたのだ。

 そのおかげか、トオルはもう一度ペットショップに行って必要なものを買い揃え、今に至る。


「トオル、すげーな!」


「ケンシン、お前はくわねぇの?」


「俺はいいや。おうちに帰ればいっぱいあるしな。今お腹いっぱいだし」


 クアッとあくびをして、ケンシンはトオルの肩に飛び乗った。ずしんと重みを感じてトオルは彼の背を撫でた。


「で、肝心の古の魔物ってのはいつ現れるんですかね」


「まさか、倒してくださるのですか?」


 カイが大声を出すと、猫たちが不満げに鳴き彼はしょんぼりと肩を落とす。どうやら、この世界でも猫は強い存在らしい。


「まぁ、できるかはわからないけどやってみないとわからんし……ちなみにさっき見せてもらった本では異空間に飛ばすとしか書いてない感じです?」


「はい、そうですね……異空間としか」


 カイがもう一度あの古い本を開いてみせる。やはり、巨大な電気ウナギと右手からワープを作り出す救世主が描かれている。トオルは何かヒントになるものがないかどうかじっくりと絵を眺めてみたが見当もつかなかった。


「やや、奴が現れるのは決まって月夜の晩にございます。今夜、遅くに姿を表すでしょう。それまでしばし休まれてはいかがですかな」


 ババ様はトオルにそういうとミルクを飲んで少し息の整ったリナを抱えて奥へと消えていった。カイが質素な藁の敷物をその場に敷くとケンシンがぴょんとトオルの方から飛び降りて横になる。


「じゃあ、お言葉に甘えて?」


 トオルもケンシンと同じ様に敷物の上に座ると持ってきたリュックを枕にして横になる。海の近く、カラッとしていて暖かい気温のせいかすぐに彼は眠くなり、ケンシンをそっと撫でた。


「ぐるにゃぁ」


 ケンシンとは違う声がして、トオルは腹に重みを感じる。目を開くと眼前には太々しい痩せた黒猫の顔。ちょっと猫缶臭い。


「いいニンゲンにゃ」

「リナ様がオンガエシしろって言ってたにゃ」

「これすると喜ぶニャ」


 トオルの周りには次々と猫たちが集まり、足の間、脇、腹の上や首元で丸くなる。


「完全包囲……もふもふの完全拘束だ……!」


 猫たちは丸くなったり手足を伸ばしたり、トオルの体をふみふみしたりと其々が「自分のご主人を喜ばせる行動」をとった。

 

「うぉぉ……ヌッコ天国」


 トオルはスマホで自身を撮影したが、それ以上は動けない。次第に猫たちの暖かい体温で眠気に襲われるのだった。

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