episode.25 ウイハの村へ
「ンナァ〜」
「おぅおぅ、高級カリカリに高級猫缶に高級にゅーるは美味しいかい? ケンシンよ」
「ンナ」
満足そうな美猫様の写真を撮って、トオルは彼のおでこをなでなでした。猫のおでこには幸せが詰まっているのだ、トオルは撫でながらそれを実感する。
「にしてもちょい買いすぎたよなぁ。お前ってすげーデカくなるって聞いたから……けどまぁいいか」
口座には大金が入っているし、最悪大家の太田さんの猫さんにもお裾分けすれば良いだろうと、たくさん買ったキャットフードの山をみてトオルは思うのだった。
そして、ついでに購入した「完全防水仕様カメラ」を取り出して、トオルはニマニマと笑いを堪える。これで異世界の海の中を撮影してやろうという魂胆なのだ。
とは言っても、流石に生配信はできないので動画投稿用である。
「人魚とかいたらバズるだろうなぁ……」
次に行く予定はハワイと同じ場所に位置する島、その上トオルは女神竜お墨付きの最強ワープを手に入れているので怖いものはない。
「スキルとか、魔法とかじゃなくてサクッとこっちに戻ってこれるって最強だよなぁ。痛くないし、怖くないし」
スマホの通知音が鳴る。
【結衣:トオルくん、今日から出発? 私もテスト勉強しながら配信追うね!】
「結衣ちゃん、なんていい子なんだっ!」
【トオル:そう! 今日行ってみて配信できそうならすぐに枠あけるよ】
【結衣:楽しみ〜! 気をつけてね。テストが終わったらまたお家にいくね! 何食べたいか考えといて! またには手料理食べてね】
***
「まじで! ほぼハワイじゃんか!」
トオルが降り立ったのは砂浜の上だった。テレビや動画でみる「ハワイ」の景色に酷似した場所だ。砂浜から見える海上の村はモルディブを連想させる。
「おや、もしや……貴方様は! 竜人の使者でございますか!」
砂浜の上でキョロキョロとしていたトオルに声をかけたのは、こんがりと小麦色の肌に黒い縞模様、おでこにはふたつの突起を持つ「オーガ族」の青年だった。ヤシの葉で編んだ腰蓑、上半身は裸で筋骨隆々。
「えっと……確かに竜人の
オーガ族の青年は首を傾げて
「しかし、肩に白いエルフ猫、奇怪な洋装をした青年が砂浜に現れる。古代書にある救世主様にそっくりなのでございます。やや、その記録とやらをつけるついでにババ様にお会いしていただいてよろしいでしょうか?」
「いや、まぁはい」
オーガ族の青年はカイと名乗った。カイはとても優しい青年で、トオルが砂浜に足を取られていないか心配したり、ケンシンの目に砂が入らない様に前を歩いたりしている。
「本来、我々シーオーガ族は海上の村に住んでいるのですが……今は訳あって陸上に仮住居を立てているんです」
「訳が……?」
砂浜を歩き、野原に上がるとカイのいう通りヤシの葉を使った掘建小屋が見えてくる。
「それはババ様からご説明を」
掘建小屋の中でも一番大きな小屋に入ると、しわくちゃで明らかに高齢な女性が座っていた。オーガ族らしい縞模様があるが、ツノは折れていて優しい笑顔を浮かべている。
「ババ様、夕刻・砂浜に降り立つ竜人の使者様をお連れしました。ですが、彼は人間族の記録人とのこと……」
「カイや、ありがとう。あれは古い古い本のお話。けれど、ここまで似ておられるとは……御仁、お名前は?」
「トオルといいます。こっちは猫のケンシンです」
「ナー」
「トオルさんや。このババのお話をきいてくれるかえ?」
「は、はい」
まず、彼らはオーガ族の中でもシーオーガ族という温厚で古代種に近い種族であるということ。彼らは、海に住むシーマーメイドという人魚と共生関係にあり、シーマーメイドの安全を彼らが守り、その代わりに漁を手伝ってもらっている。
このウイハの村で取れる魚介類は名産であり彼らシーオーガの生命線でもある。
「じゃが、このところ古に討伐されたはずの海の魔物が暴れ回り……我々、シーオーガの戦士たちでは太刀打ちができないのじゃ」
「海の魔物……?」
「カイ、あれを」
「はい、ババ様」
カイがババ様の後ろに積み上がっていた本から一冊取り出すとトオルに見えやすい様に広げた。
ファンタジー映画で見る様な重厚でボロボロのハードカバー。分厚い紙のページには絵が描かれている。
広い海の中から顔を出す長い髭を持った大きなうなぎの様な生物。一緒に写っているシーオーガ族と比べると10メートルくらいはあるだろうか。
そのうなぎから放たれる電撃で海がキラキラと輝く様子が描かれ、それと対峙する男。
その男の右手からは
「俺じゃん」
「奴は古の魔物。海の中に雷を起こす恐ろしい生き物じゃ。この書によれば、女神竜様の使者が奴を異空間に飛ばし対峙したという……」
トオルの頭にはお茶目な顔でお願いしてくるヴァーネイラが思い浮かぶ。
「ナー、ナー」
ケンシンが声を上げ、トオルが振り向くと小屋の端っこで横たわっているドラ猫がいた。ケンシンは心配そうにその猫を眺めている。
「先月から漁ができなくなり、村のねずみを狩る猫たちも飢え死に寸前なのじゃ。今夜、あの魔物を倒しても……海へ船を出し帰ってくるまで2日以上。魔物の出現で魚も減り……」
「ナーナー!」
ケンシンが何かを伝えようとトオルの腕を引っ掻く。
「なんだ、なんだいててっ」
「おや、トオルさんや。貴方様はエルフの祝福を授けられておるのに小さきものたちの声が聞こえないのですかな?」
「エルフの祝福……? そういえば」
——守ってくれてありがとう。リータや私を、この村を。貴方にエルフの祝福がありますように
トオルは満点の星空の下、ナターシャに言われたことを思い出した。
「シーオーガとエルフ族は古に協力関係になっていましてな。この村に住まう猫たちは遠い昔やってきたエルフ猫が祖先だと言われておりますじゃ。やや、そう。我々とエルフたちは姿は違えど同じ……さぁ、これで貴方様も小さきものの声を聞けますじゃ」
トオルはババ様が触れた右手を不思議そうに眺めた。
「エルフの祝福は小さきものの声を聞く力でございますじゃ。少しばかりババの魔力をうつしてやれば……ほれ、白い君。話してごらん」
ババ様が視線をやったのはケンシンだった。トオルはおそるおそるケンシンの方を見る。
「おい、お腹減ってるって! トオル、飯!」
いつものしわがれた鳴き声からは想像できない少年ボイス。トオルはケンシンがまだ成猫になっていない子供だったことを思い出した。
「エルフ猫はどんな動物の言葉も理解し、主人と認めたものに忠実な猫ですじゃ」
「そうだったのか……ケンシン」
「まぁな」
「生意気だな!」
わしゃわしゃとケンシンを撫でつつもトオルは小屋の端で倒れている猫に近づいていく。肋が浮くほど痩せ、息も絶え絶え。
「あぁ、救世主様。お願いです。ご主人様たちをどうか、どうか助けてくださいな。我々の命はもとより、ご主人様たちの血を絶えさせてはなりませぬ」
トオルは胸が裂かれる思いでドラ猫の頬を撫で
「もう喋らなくていい」
と伝える。そして真剣な表情で言った。
「ババ様、この村にはどのくらいの猫が?」
「我々、シーオーガ族一人に一匹。幸い、まだ死んだものはおりませんじゃ。ババの猫であるリナがまだ生きておりますゆえ。そのものは先月より食料を仲間に食わせ……ただもう間に合いませんでしょう」
ババ様は、リナと呼ばれた猫のそばによるとそっと撫で涙をこぼした。
「あの、ちょっと待っててください。すぐに戻るんで……この小屋に村の猫全部集めてください」
「トオル? なぁ、どうすんだ?」
「ケンシン、俺一旦帰るけど、リュックの容量増やしたいからお前はここで留守番しててくれ」
「わかったけど、トオル何しに……」
ケンシンが言い終わる前にトオルは
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