episode.38 呪いと魔女


「呪い……ですか」


「はい、我々が育てている魔法キビが育たなくなってしまったのです。100年近く前から。そう、あの魔女が現れてからです」


 魔法キビというのは高濃度の魔法エネルギーを含む植物でこの地で生産される菓子の甘味料の原材だ。


「結衣ちゃん、聞こえてる?」


「うん、聞こえてるし見えてるよ」


 スマホの画面には結衣が映し出されている。結衣はトオルが心配で今回も転移先でトラブルが起きているとの報告を受けて一緒に話を聞くことになったのだった。トオルにとって結衣の冷静さと賢さはかなり頼りになるものなので、彼もまたそれを希望した。


「おぉ……異国のお嬢さん。ありがとう」


 ファタリーは話を続ける。魔法キビが育たなくなった時期にとある魔女がこの里のはずれに棲みついたのだという。


 ファタリーは何か言い淀み、ナターが代わり続ける。


「私たちは呪いの原因をその魔女ではないかと踏んで彼女を問いただしました。しかし、魔法キビに頼ることなく魔力を生み出せる魔族……魔女である彼女は何も答えようとしないのです。そこで我々は彼女が呪術を使っているのではないかと……」


 ファタリーが、重い口を開いた。


「我々は……彼女を里のはずれにある水の地下牢に閉じ込めたんじゃ。彼女に呪いを解けば解放すると約束をして……しかし呪いは解けん。それどころかどんどんと呪いは強くなっていった」


「あの〜、話が見えないんですけど……魔法使いと魔女って何が違うんですか?」


 トオルの質問にナターが答える。


「我々魔法使いは、先祖に人間族持ち魔法キビなどの魔法植物からエネルギーを摂取したり知恵の本や杖といった魔法道具を駆使することで魔法を使う……その名の通りですね。一方で魔女は、魔族と呼ばれる種族で食べ物や道具に頼らずとも魔力を生み出せる者たちのことを指します。先祖はエルフや竜人、オーガ族などと似ているのでしょうね」


「じゃあ、なおさらその魔女には嫌がらせする意味がないなとか思ってるんですけど……」


 ナターは悲しそうに俯いた。


「魔法使いと魔族はあまり仲が良くないのです。知恵と魔法道具を駆使し大きなコミューンを作った魔法使いたちは、かつて……1000年以上も前に魔法道具を集めるために【魔女狩り】を行ったと言われています」


 ナターの話によれば、人間に近い魔法使いたちと魔物に近い魔女は相入れないもの同士だということだった。かつては圧倒的な力で魔法使いを退けていた魔女たちも、群れをなし道具を使役する魔法使いに敗れ……平和協定が組まれていても魔女たちは肩身が狭い思いをしていることも多いという。

 そのため、恨みを持った魔女が魔法使いのコミューンを荒らすことは用意に想像がつくとのことだった。


「それで、貴方たちは魔女退治をするためにドラゴンを召喚する儀式を100年も?」


 結衣が外れた話を戻すとファタリーが「いかにも」と頷いた。ちょうどその頃、ローストビーフで満腹になったケンシンがトオルの膝の上にひょいと乗り大あくびをした。


「じゃあ、俺はその呪いの魔女をどこか遠くにワープさせて退治するってこと……です? どうして自分達で手を下さないんですか?」


「魔女の呪いは強力なのです。水の牢屋はその呪いを最小限に抑えるもの。最小限に抑えても……里全体にまで広がっています。もしも、彼女を殺してしまえば彼女は恐ろしい怨霊となりこの里に居座り続けるでしょう。それも死よりも恐ろしい呪いを振り撒きながら……」


 ケンシンがぐっとしっぽを立て、トオルの頬にふわふわのしっぽが触れる。


「なぁ、俺思うんだけど。その魔女ってやつの話も聞いてやろうぜ。俺は猫だからわかんないけどさ。勝手に疑って勝手に閉じ込めてそれで怒ってやり返されて困ってるって……お前たちは猫よりワガママだな」


「ちょ、ケンシン」


 慌てるトオルはさながら「小さな子供が正論で大人を傷つけてしまった」時の親の気持ちがわかったような気がした。ケンシンはまだ子供で、そのうえ猫である。忖度をしたり空気を読んだりすることはできない、いやできてもしないだろう。


「ですが、あのものは魔女。我々に恨みを持っているに決まっているのですぞ」


 反論するファタリーにケンシンはプイッとそっぽを向く。


「俺もエルフの里にいた時は、声がガラガラだとか汚いとか親猫がいないとかで勝手に泥棒だって決めつけられて石投げられたりしたもんだぜ。なぁトオル、その魔女ってやつに話を聞いてみようぜ」


「危険です!」


 ナターが悲鳴のような声をあげる。しかし、トオルはケンシンの背を撫で


「俺も、話を聞いてみようと思います。結衣ちゃんはどう思う?」


「今、この村にかかっている呪いは魔女の呪いの可能性が高いと思う。けど、彼女を牢屋に入れる理由となった最初の『魔法キビが育たない』というのは彼女のせいかどうか不明だわ。だから、彼女の話を聞かずにどこかへワープさせても根本的な問題の解決にはならないと思います」


 名探偵さながら、結衣はファタリーとナターに言い聞かせた。


「よし。いっちょやりますか! 呪いちょっと怖いけど……ワープくぐれば余裕っしょ。最悪、ヴァーネイラ様にお願いしよっと」


 トオルの楽天家に拍車がかかっている。結衣はそんなふうに感じ、魔法使い二人は何やら思うところがあるようで複雑な表情のままだった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る