episode.39 水の牢屋
水の牢屋と呼ばれていたのは小さな池だった。汚れてはいないが水の色は真っ黒でトオルの目では底を見ることができなかった。
「地図もらってきてみたけど……コケだらけの石造り廃墟に魔法っぽい池の入り口とかまじファンタジー」
その池は里から少し離れた廃墟の中にあり、異世界のダンジョンの入り口さながらでトオルは少し心が躍っていた。しかし、次の瞬間トオルの脳内にドス黒い呪いの言葉が響いた。
『寂しい……つらい……呪ってやる……呪ってやる』
「うぎゃっ?!」
あまりの音量に耳を塞いでみたトオルだが、声は直接頭の中に響いているようだった。
「トオル、みろ。あの池の真ん中に泡がぶくぶくしてるぞ!」
ケンシンの言葉にトオルは直感的な行動をする。ケンシンは猫だが、「うひょ〜!」と楽しそうに水の中に飛び込んだ。
トオルは水の中で呼吸できるようになってから異世界での水の中に置いて最強である。自由に呼吸をし、好きな方向に動くことができるし、水圧すらも無効化してしまうのだ。
その上、人魚と同じく水中でも視力が働くため黒い水の中でもすぐに牢の場所を見つけることができた。
池の中に潜ってみると底近くの壁に人一人が通れるような穴が空いており、そこから光と空気が漏れているのだ。
「ケンシン、泳ぐのうまいな?」
「俺、エルフ猫だし」
ケンシンは真っ白な毛をゆっくりと揺らしながら可愛らしい肉球で水をかき、トオルよりも先に牢の入り口の方へと入っていった。
「勇敢だよなぁ、ケンシンは」
トオルは彼の後を追って小さな穴を泳いでくぐる。すると眩い光が上の方から降り注ぎ、自然と彼は浮上し、空気のある場所へと顔を出した。
「ぷはっ」
ブルブルとケンシンが体をふるい、しっぽをピンと立てる。彼が立っているのは小さな牢屋がある陸だった。牢屋はボロボロで3畳ほどの大きさ、中にはやせ細った女が座り込みブツブツと呪いの言葉を唱えていた。
「おじゃましまっす!」
「人間……?」
魔女はトオルの声に驚いて顔を上げた。銀色の髪、恨みに満ちた目は真っ赤に光りまるで魔物のようであった。
「えっと、世界中の食べ物を記録してます。俺はトオル。こっちは相棒のケンシン。今日はちょっと話を聞きたくて」
魔女はあんぐりと口をあけしばらく呆然としていた。
この土地で数百年、おそれられ生きてきた自分に自己紹介をして「話を聞かせてくれ」なんていう生き物に出会ったことが衝撃だったのだ。
トオルの表情に恐れはなく、それどこか魔女のことを理解しようとしているように思えたのだ。
「話……」
「とりま、この頭の中でガンガンいうやつ! やめてほしいんすけど! もう寂しくないでしょ! まじで!」
ぴたり、とトオルの頭に響いていた声がやんだ。
「あざっす。んで、近くにある魔法使いの里に呪いをかけてるってのは本当ですか?」
魔女は答えなかった。「魔法使い」という言葉が出ると目を光らせ強い表情に変わる。トオルはこりゃダメだとギュッと目を閉じてから、続ける。
「あのですね、単刀直入にいうと呪いを解いて欲しいんです。ってことで、でも俺は貴方が閉じ込められている理由がわからなくて両方の話を聞いた方がいいと思ってここへきたんです」
「話を聞いてどうするんだい?」
「俺は竜人族の
魔女は懐疑的に眉を段違いにしながらトオルを眺める。しかし、彼女の魔力の目にはトオルが真実を語っていると映っていた。
「ふん、呪いをかけたのは本当。あの村で魔法キビが育たなくなるようにね。それを解いてほしい? なら、私の相棒を返しておくれ。話はそれからだ」
「相棒?」
「
魔女は意地悪な表情をしたものの、腹がなり恥ずかしそうに唇をかんだ。
「あ。よかったらこれ、食います?」
トオルは恥ずかしそうな魔女にポケットから出した袋の封をあけて手渡した。魔女はメタリックな袋に興味をひかれ恐る恐る手にする。
「これは……毒か? 私に毒はきかないわ」
「いや、お菓子っすよ。パッチパチわたあめキャンディーノっていう。その雲みたいなのをちぎって口に入れてみると……」
魔女はあまりの空腹に疑いもせずトオルの言う通りに綿飴をちぎって口に入れる。
「あま……わっ」
フルーティーな甘さ、その後すぐに広がるのは口の中を飛び跳ねる感覚だ。
「わっ、パチッパチッ。貴様っ……パチッ、でも美味しいっパチッ」
「じゃあ、俺たちは相棒さんを探してくるんで、待っててください」
「ふ、ふぅ……あの子は身を隠すのが上手でなかなか見つけられないよ。人間の短い寿命でできるかしらね」
「いや、大丈夫っす」
トオルは右手を前に突き出し深く「この魔女の相棒の住処へ」と願って
「トオル。この魔女の名前! 忘れてんぜ。猫を説得するのに使うだろ」
「あ、ナイスケンシン。魔女さん、お名前は?」
「ちっ……、まぁこの不思議な雲の代価だよ。私の名前はユリーヌ。そういえばあの子にもわかる。あの子を見つけてくれたらあの日のことを話してやろう」
「じゃあ、ちょっとリュック見といてもらってもいいです?」
「え? りゅ、りゅ……?」
ユリーヌが困惑する中、トオルは猫用にゅーるを一本ポケットに突っ込んでケンシンと共に
その姿を見てユリーヌはふっと口角を上げ安心したように息を吐いた。
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