episode.40 不死猫と魔女の苦悩
「シャーッ!」
「ほーれ、にゅーるだよぉ〜」
「シャーッ! くるにゃ! 怪しい人間め! にゃむ、にゃむ、あれ、口が勝手ににゃむ、舌が勝手にぺろにゃむ、うみゃい、うみゃい」
黒いメインクーンは廃墟となった小屋の屋根裏を住処としているようだった。といってもトオルは
「お前、ユリーヌさんの相棒か?」
「にゃむ、にゃむ、もっとよこせ! あ? そうだよ。俺はここで数百年。かわいそうなユリーヌを待っているんだにゃ。馬鹿な魔法使いどもに捕まって猫の苦手な水の牢屋なんかに入れられちゃってさ」
「なぁ、ケンシン。なんでユリーヌさんは自分で牢から出ようとしないんだろう? 魔女なら全部ぶっ飛ばして逃げるくらいできそうなモンだけどな?」
不死猫はにゅーるを食べてご満悦で顔を洗いながら尻尾をふりふりする。黒い毛に黄金の目が暗い屋根裏部屋でぎらりと光る。
「あの子は、ユリーヌはかわいそうな魔女だにゃん。馬鹿な魔女の母親と哀れな魔法使いの父親の間に生まれた忌み子。魔女としても認められず村を追い出され、魔法使いのコミューンにも入れない。魔女の村で居場所を失った後、ここで火炙りになるために魔法使いに嫌がらせをしたのさ。火炙りになって死ぬことは魔女のして認められる証だからにゃ。けど……魔女の死の呪いを恐れた魔法使いたちは水の牢を作ったにゃ。生き地獄にゃ」
「ちなみに、ユリーヌさんがした嫌がらせって?」
「歌うキノコの呪いにゃ。その年あの村で育てたキノコは全部陽気に歌う恐ろしい魔術にゃ」
(なんだよそのハッピーな呪いは……)
「それで、水の牢に?」
「ほんとーに馬鹿で間抜けでどうしようもない相棒にゃ。いくらあそこで呪いを振り撒いてもここの里の住民たちはあの子を火炙りにはしないのににゃ。なぁ、もっとにゅーるにゃいの?」
猫というのは自己中心的だ。忠誠心の強いケンシンとは違って不死猫の方は相棒の魔女よりも目の前のにゅーるに目を輝かせている。
「じゃあ、みんながハッピーになる方法を考えた方がいいよなぁ」
「にゅーるもってこい」
「わかった、わかった」
不死猫のぐりぐり体擦り付け攻撃に屈服するトオル。しかし、頭の中では彼女をどうするべきか、思考を巡らせる。
ユリーヌに呪いを解いてもらうことは前提条件として、その後彼女をどこへワープさせるかが問題であった。
「火炙りになりたいってのはちょっとなぁ、かなえてやれないよなぁ。とりあえず戻ってユリーヌさんの話を聞くかぁ。なぁ、猫さんよ。ユリーヌさんの好物とかある?」
不死猫は「うにゃー」と考え込んでしばらく尻尾を揺らすと
「しらにゃい!」
と元気に鳴いたのだった。
***
相棒の不死猫を抱きしめるユリーヌを見てトオルは自分の目を疑った。初めて出会った数十分前の彼女は銀髪の老婆のような容姿だったのに今、目の前にいるのは銀髪の美人な女性に変化していたからだ。
「あの〜、ユリーヌさん?」
不死猫を抱きしめ、猫吸いをしている彼女は不服そうにトオルに顔を向ける。
「ふんっ、その顔。この子から全て聞いたんだね。そうだよ。私は魔女と魔法使いの混血。お前がくれたあの甘味で私の魔力が戻ったのさ」
パチパチ口の中で始めるわたあめの菓子の袋を指差してユリーヌが悔しそうにいった。
「いや、ちゃっかり全部食ってるし」
トオルはゴミをポケットに突っ込む。ユリーヌは憎まれ口を叩いているがトオルには感謝しているようだった。
「で、呪いは解いてもらえます?」
「解いたら私を火炙りにしてくれるのかい?」
「いや〜。それはきついっすね。マグマの火口とかなら」
「それじゃダメ。村人たちが憎しみを込めて魔女を磔にして火炙りにしなきゃ! そうすれば私も本物の立派な魔女として死ねるんだわ」
「いや、死なせない話をしてるんすけどね……? 流石に死ぬのは嫌じゃないっすかね?」
ユリーヌは不死猫を膝の上に乗せ撫でながら
「数百年、私は魔女にもなれず魔法使いにもなれずどこへいってものけ者さ。もう十分に生きた。十分すぎるくらいにね。だから最後くらい魔女として死にたいのさ」
と諦めたように言った。数百年も生きるということ自体がトオルには想像できなかったが、彼女の行動は誉められたものではない。
「じゃ、もしユリーヌさんを受け入れてくれ場所があれば火炙り回避できます?」
「ふん、魔女と魔法使いの混血を受け入れる場所なんかないさ。石を投げられ、ありもない罪で疑われ……使える魔法はキノコの呪い。水の牢に入って悲しみを凝縮してやっと呪える程度の弱い魔女さ」
「俺、かなりいい場所を知ってるんで……呪い解いてくれません?」
トオルはいい場所を知っていた。それも、彼女と不死猫のぴったりの場所を。
「トオル?」
ケンシンは首を傾げた。
「ケンシン、お前も絶対気にいるぞ。あそこは最高だからな!」
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