episode.37 魔法使いの里


「じゃあ、行ってきます! まずは食べ歩きの前に偵察っすわ」


 新居、杉並区の高級マンションのクローゼットに旅行扉トラベルポーターを作り出してケンシンが入ったリュックを背負う。

 結衣はふりふりのエプロンをして、さながら妻のようにお見送りをする。


「今日はいつくらいに帰ってくる?」


「うーん、一旦偵察して帰る感じになるけど、連絡するよ。結衣ちゃんは?」


「明日、大学の講義があるから今日は泊まっていくつもり。ご飯作って冷蔵庫に入れとこうか?」


「まじ? ありがと〜! じゃあ着いたら連絡するわ」


「で、今回はどんなところに行く予定?」


「うーん、こう魔法使いとかいる感じの場所にしようかなって思って。ファンタジーの魔法使いってかっこいいじゃん?」


「魔法使いって何食べるんだろ?」


「わかんないけど……きのことか? 毒々しいスープとかあったらいいなぁ。まずかったらきついからお口直しの飴でも持ってくか」


 トオルはリュックのポケットに口の中でぱちぱちするキャンディーを入れてチャックを閉めた。


「頑張ってね! ケンシンちゃんも気をつけるんだよ」


「ナーゴ」


 ケンシンは結衣に撫でられるとリュックの中に完全に入り込み丸くなった。トオルは頭の中で強く願う


(魔法使いとかいるような場所に行きたい!)


「いってきます!」


 トオルはワープに吸い込まれ、結衣は眩い光を感じて彼を暗闇の中で見送った。



***


「あーらら、ほらら〜」


「いてっ!」


 かつてない痛みでトオルは顔をあげた。というのも彼が着地したのは建物の中でもなけれど砂浜の上でもない。

 カビの匂い、手にはぬるっとコケがつく冷たさ。そして、不気味な掛け声。


「なんだ? 竜人族の旅行扉トラベルポーターから奇怪な人が出てきたぞ!」


 トオルは石畳から起き上がると辺りを見回した。どんよりとした曇り空、苔だらけの石畳。石造中世ヨーロッパ風の住宅がぽつんぽつんとあり、全く活気がない。


「あ、どうも。トオルって言います。世界中の食べ物の記録をとってまして〜」


 トオルの周りに集まったのは、黒いローブに黒いとんがり帽子を被った集団。ひと目見るだけで魔法使いだと理解できた。手には15センチほどの木の杖を持っている。


「女神竜様が……救世主様をお呼びになってくださった! 我々の召喚の儀式が成功したのだ!」


「え? またこのパターン……?」


 トオルの頭にはちゃっかり顔でお願いポーズをする女神竜ヴァーネイラが思い浮かんだ。


「トオルさん……? 私はこの魔法使いの里の族長ファタリーと申します。100年続くドラゴン召喚の儀式にてやっと貴方が現れてくださった。ささ、こちらへ」


 ファタリーと名乗った男は、たっぷりと白髭をたくわえた老人風で彼の周りには分厚い本が浮かんでいた。

 トオルが不思議そうに浮かぶ本を見ていると


「あぁ、お気になさらず。これは知恵の本と言いましてな。我々魔法使いは、扱いきれないほどの膨大な知恵や記憶をこの本に託しているのです」


 ファタリーは杖を一振りすると知恵の本をペラペラとめくり淡い光に包まれた。幻想的な光景にトオルは思わず見惚れてしまった。

 本から文字がペラペラと剥がれては彼の頭に入り込んだり出たりを繰り返す。まさに「知恵」が出入りしているようだった。


「すげぇ」


「1000年の人生の中で旅行扉トラベルポーターを見たのは2度目……誠に幻想的でした。一生の経験になりますでしょう。ナター」


「はい」


 ナターと呼ばれた若い女性は少しやつれた様子で、彼女は建物のドアを開けた。石造りのシンプルな家、中には小さな暖炉と質素な机、壁一面が本棚になっており、分厚い本がびっしりと並んでいる。


「この里で用意できる食事の全てです。この部屋も小さいですが唯一『呪い』がかかっていない部屋で……」


 質素で四角い机の上にはクリスマスの時に見るようなターキー、ローストビーフが並んでいる。肉料理ばかり山盛りになっていた」


「ドラゴンが好きだと伝わるものを用意しました。是非」


 ファタリーはそう言ったが、トオルはがっつくことはできなかった。ファタリーを含め、多くの魔法使いたちがガリガリで頬がこけていた。そんな人たちを差し置いて「はいありがとう」とご馳走にありつくことを彼の良心は許さない。


「おい、トオル俺も食っていい?」


「ケンシンちょっと待て。あぁ、ファタリーさん。俺はお腹空いていないので……みなさんでどうぞ」


 トオルの慈悲深さにファタリーは目を閉じて感謝しつつ、悲しそうに息を吐いた。


「われわれ魔法使いは甘い……食べ物が主食なのです。これはドラゴン様のために取り寄せたもの。これを食べても我々が満たされることはありません。けれど、その御慈悲、嬉しゅうございます」


 ナターはオレンジ色の長い髪をそっと手で整えると


「トオルさん。甘いものはお好きですか?」


「うーん、好きっちゃ好きっすね!」


「我々魔法使いは膨大な魔力を使用するために多くのエネルギーを消費します。そのため、砂糖でできた菓子を主食としているのです。この里もかつては「お菓子の里」と呼ばれ、観光で異国の者たちが溢れ魔法と甘い香りが溢れる素敵な場所だったのです。我々はそんな過去を取り戻すべく……」


「ナター、順を追ってお話しないと」


 お菓子の里、という言葉を聞いた時トオルはそこはかとなく「バズりそう」な雰囲気を感じ取った。不思議な魔法使いの里、甘くて美味しくておしゃれなお菓子たち。甘くて歯が溶けてしまいそうになるくらいまで、スイーツに埋もれたい。と妄想する。


「いっただきまーす! にゃむにゃむにゃむ!」


 ケンシンがローストビーフを堪能している間、トオルはこの里で起きている異変を聞くことにした。


***あとがき***


お読みいただきありがとうございます! もうすぐ10万字! トオルたちの冒険もひと段落・・・?


 作者のモチベーションが上がりますので、少しでも面白いと思ったら、広告下の☆で評価するの+ボタンからぽちっと3回よろしくお願いします。


書籍化させてくれい〜!



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