7 魔法使いの里編

episode.36 新しい家とマネージャー


「どっちも借りてくれるなんてありがとうねぇ」


 大家の太田さん、もとい大地主の太田さんはニコニコと微笑んだ。


「いえ、葉山の高級低層マンションも杉並の高級マンションもどっちもよかったんで……」


 トオルは杉並区の高級マンションの部屋の中、太田さんとお茶を飲んでいた。杉並区にあるこのマンションは高いセキュリティと利便性の良さがトオルを魅了し、契約に至った。

 彼は、普段暮らすのはこの家にすると決めている。

 一方で撮影や休日を過ごす場所は葉山の低層マンション。かなり広い敷地にこちらもセキュリティは抜群。その上、海が見える景観が最高の場所だった。


「ナーゴ」


 ケンシンも家の偵察を終えて満足げに丸くなっている。キッチンの方ではマネージャーの結衣が料理の準備をしていた。


「じゃあ、困ったことがあったらおばあちゃんに相談するんですよ」


「はい、太田さん。俺のようなWowTuberを住まわせてくれてありがとうございます」


「いいのいいの。串野さんは信頼できるってわかっているからね。無理せず楽しく暮らすんだよ」



***


 太田さんが帰った後、簡単に荷解きをする。キッチンからは甘辛い日本料理の香りがして、食欲をそそる。

 結衣もマネージャーとしてトオルの杉並区の家にほぼ同棲という形になったのだ。高級マンションで部屋数は4LDK。トイレや風呂も2つあるためプライベートゾーンは保証されている。

 といっても、トオルの生活に食い込みたいと想っている結衣にはあまり関係のない話だった。


「トオルくん、ご飯できるよ〜。あ、ケンシンちゃんもね」


「結衣ちゃん、ありがとう。でも俺、給料払ってるわけじゃないし……無理しないで?」


「いいの! 大学卒業したら……そうだな。トオルくんに就職しようかな〜って想ってるし!」


「そ、そっか」


 なお、結衣は就職=結婚だという意味で使い、トオルは就職をそのままの意味で捉えていた。


(トオルくんに永久就職……うふふ、外堀をどんどん埋めないとね?)


(結衣ちゃん、お湯の水女子大だし……ちゃんと給料払わないとだよな?  他のWowTuberはどんくらい払ってるんだろう……? でも、好きな子と半同棲なんて俺、ラッキーだよな。嫌われない程度にアタックしてみよう)


 トオルは江ノ島デートの際に告白しようと想っていたが、結衣の「マネージャーになりたい」という告白に押されて自分の気持ちを言えないでいたのだった。ケンシンが誘拐され、迷惑系WowTuberが家に押しかけた際に彼女に支えられ完全に心を奪われてしまったのだ。

 無論、結衣は今までトオルが出会った中で一番綺麗な女性だったし彼のタイプである。けれど、本命の女の子にはぐいぐいいけないというのはトオルの弱い部分でもあった。


「おぉ、これは……」


「牛肉のしぐれ煮だよ! 生姜たっぷりでスタミナも抜群。小皿は切り干し大根とマカロニサラダ、ハムカツ」


 目の前にならぶ豪華な料理にトオルは感動する。


「こんな料理を毎日だなんていいの?」


「もちろん! ここの方がうちよりも大学に近いしね〜。演者の健康を管理するのもマネージャーの仕事ですから〜」


 そう言われてトオルは喜びつつも心の奥では


(あくまでも仕事として……かぁ)


 と受け取る。その一方で結衣は


(こうやって毎日トオルくんの胃袋を掴んで私から離れ慣れなくさせてあげるんだから!)


 と意気込んでいるのだった。

 二人は思い合っているのに双方片思い状態で新しい関係を進めていくのだった。

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