side 結衣 推しと好きと
「トオルくん、ケンシンちゃんのことですごく落ち込んでたな」
結衣は自宅の湯船に浸かりながら「推し」のことを考えていた。大学のテスト期間も終わり、もちろんゼミの教授から自身が来季も首席であることを告げられて満足はしていた。
「私にできることってなんだろう?」
つい数ヶ月前まではスマホ越しに応援していた「推し」は今や家も知っているし、彼が抱える秘密も共有している状態だ。
「あぁ、ダメ……トオルくんの役に立てるって思うだけでなんか変な気持ちになっちゃう」
結衣はお湯の中の太ももをもぞもぞと擦り合わせ、自身の頬をパシパシと叩いて数秒顔をお湯につけた。
「ダメよ、結衣。いきなり迫るような事しちゃ……」
結衣は「推しを推しのままでいたい」気持ちと「独占したい」気持ちで頭の中がぐしゃぐしゃになっていた。
というのも大好きなトオルの配信が変わってしまうのは彼女にとってよろしくないことであったけれど、それ以上にどうしてもトオルのことを想ってしまう恋心を抱えているからだ。
乳白色の湯船に浮かべた変な顔のカエル。
「ねぇ、カエルちゃん。結衣はリスナーとしての気持ちと恋心どっちを取るべきだと思う?」
結衣は左手でカエルをつっつき、
「結衣ちゃん、どっちも手に入れるゲロよ!」
と腹話術の真似事をする。
「どっちも?」
「そうだゲロ! 結衣ちゃんはプロ彼女を知らないゲロ?」
「プロ彼女? 芸能人とかの彼女で匂わせもしないしSNSとかもやってない系の女の子だよね?」
「そうだゲロ!」
「でも、そういう人たちって元アイドルとかモデルとか業界を知っている元そういう人が多いんでしょ? それに、外でデートできなかったり……」
「結衣ちゃん。もう一つ、プロ彼女で多い職業があるケロ!」
「えぇ……」
カエルがくるっとお湯の上で揺れて背中を向ける。結衣は首を傾げた。
「結衣ちゃん、それはマネージャーだケロ」
「マネージャー! そうかっ!」
ばしゃん! 結衣がたちがったせいでカエルのおもちゃがぐらぐら揺れてひっくり返った。
トオルの配信を公式に支えつつ、彼のサポートをする。その上で、誰よりも大好きな彼のそばにいられる仕事だ。
「そっかぁ、マネージャーかぁ……最初はお仕事として彼を支えて、ゆくゆくはプライベートも。うへへ、それに変な女が寄ってくるのを防ぐこともできる。仕事を理由にトオルくんのお家にも入れる……うへへ、私プロ彼女を目指そうかな!」
「ちょっとやばい人ケロ」
「もうやめてよ〜!」
カエルのおもちゃをペシペシと叩いていると、ジップロックに入れていたスマホから通知音がなった。
「トオルくんだ。えっ、明日時間あるだって……? やだ! これってデートだよね? きゃ〜! お肌のケアとおしゃれしなきゃ!」
プロ彼女という言葉をすっかり忘れた結衣は、最高の肌ケアをするためにもう一度シャワーを浴びるのだった。
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