episode.3 異世界メシ、最高に美味い


 コグーという生き物がどういう容姿をしていて、どのように狩りをしたのかはトオルにはわからない。

 けれど、それを口に入れた瞬間そんなことどうでもよくなるほどの衝撃を彼は受けた。


「うんまっ……」


 食べ歩き動画撮影の基本1<食べ歩かないこと>


 食べ歩き動画では実際に歩きながら食べているところを撮影するとブレがあって食べている部分がよく見えなかったり、ノイズでリアクションが聞こえなかったりして視聴者がブラウザバッグするきっかけになってしまうのだ。


 となれば、ほとんどの動画クリエイターは食べ歩き動画や配信の際は人通りの少ない場所で立ち止まって食べるシーンを撮影するのだ。


 トオルも同じように店が並んでいる場所から少しだけ離れていて、いい感じに立ち止まっても違和感のない道端でカメラを片手にコグーの串焼き肉を頬張っている。


「コグーってどんな動物なのかわからないけど、完全に味は和牛。口に入れた瞬間ふわっととろけて歯が必要ないくらいやらかい、しかもシンプルな塩胡椒の味付けでそれもまたいい!」


 持ち帰り用に後でもう2本くらい買おうとトオルは心に決めるほど、コグーの串焼き肉は美味かった。

 ステーキ串と言うべきか大きめの肉は食べ応えも抜群だし、炭火の匂いが移って食欲をぐんぐんとそそる。


「肉で口がコッテリした後はさっぱりしたものが食べたいですねぇ。そうだ、反対側にフルーツ市場いちばがあったので行ってみようと思います」


 フルーツや野菜を置いている出店は海外のマーケットのような雰囲気だ。並べられた木箱の中に色とりどりのフルーツや野菜が並んでいて、店主が明るく客寄せをしている。


「今が旬の人魚の涙! とれたて新鮮、カットしてお渡しだよ」


 人魚の涙といういかにもファンタジーな言葉に惹かれて立ち止まったトオルは透き通った美しい水色で涙型のフルーツに目を奪われた。

 

「おや、異国の出身かい? この辺で取れる人魚の涙は名産だよ。さ、買った買った!」


 店主は人間と思われる見た目で40歳くらいの黒髪のおっさん。日本人っぽくはない容姿でどちらかというとメキシコとかにいそうな陽気な感じだった。


「じゃあ、カットですぐに食べられます?」


「あいよ、一人分なら2つで450ゴールド」


「それ、ちょっとオマケできない?」


「人魚の涙は超希少なフルーツだぜ? こいつは満月の夜にしか採取できない上に人魚が住む泉の近くでしか実らないんだ」


「ほら、ここに来るのは初めてなんだ。いい思い出にさせてくれよ。だって俺が泊まってる宿が……」


 とトオルが言ったのも、先ほどのコグーの串焼き肉が60ゴールド。安宿が500ゴールド。明らかなぼったくりだと理解していたのだ。底辺配信者としてそこそこ節約上手なトオルはこのように値切りにも挑戦する。


「おや、まぁしゃーなし。100ゴールドだよ」


 トオルの目の前で、店主のおっさんは涙型のフルーツ「人魚の涙」を水で洗うと、木のカットボードの上に乗せ、反り返ったナイフで食べやすい大きさにカットする。

 人魚の涙は、切ってもあまり汁が出るような感じではなく、サクッサクッとりんごでも切っているような音だ。

 その上、皮という概念が存在しないのか捨てる部分もないまま紙を円錐型にしただけの容器に入れられた。


「ありがとう」


「人魚の涙はその日のうちに食ってくれよ。あい、ちょうどね。あんがとさん。ところで、その黒い箱はなんだい?」


「あぁ、異国のもので記録を取ってるんだ」


「そうか、うちの店のフルーツたちを宣伝してくれよ。ハハッ、よーし。これは俺からのサービスだ。ちょっと待ってな」


 おっさんはトゲトゲした青い果実を手に取ると豪快に半分に切り、木でできたレモン絞り器に一気に押し当ててつぶした。紙で作られたカップに白くてドロドロしたジュースが注がれる。


「青いドラゴンフルーツの生搾りジュースだよ。俺からのサービスだ。この街を楽しんでいけよ」


「ドラゴンフルーツ? 聞いたことあるぞ」


「そうかい? こりゃ、ドラゴンの糞からタネを取り出して育成する珍しいフルーツでさ、うちが提携しているハンターがやり手でさ」


「うえぇ、聞きたくなかったぜ。でも、ありがとう! また来るよ」


 少し離れたところの路地で、再度撮影を始める。


「はい、サムネイル……っと」


 サムネイル用の画像になりそうな動画を数秒撮影してからまずは青いドラゴンフルーツのジュースを一口。

 ドロッとした食感に荒削りな果肉が入っていて、飲んでいると言うよりは食べている感じ。


「ミルキーだけど、爽やかな甘さと酸っぱさがって不思議な味です。飲むヨーグルトのパイン味って感じ」


 次は人魚の涙と呼ばれていた謎のフルーツをカメラに写す。水色で透き通ったそれは木の楊枝を刺してみると、サクッと意外にも硬い。


「綺麗ですね〜、透き通ってる。いただきます」


 噛んだ感じは完全にりんごのような食感。じゅわっと溢れ出す果汁は爽やかで清涼感のある甘さ。そのうえびっくりするほど水っぽくて口の中がどんどん冷たくなっていく。


「さすがは異世界のフルーツ、口の中がひんやりします。味は完全に梨! うまい!」


 一連の撮影を終えて、もう一度コグーの串焼き肉を買ったトオルはあの小さな小屋に戻ってくると、速攻でワープ空間の中へと飛び込んだ。


「大バズり間違いなし! 早く編集して早くWowTubeに投稿して〜、配信で宣伝して〜、俺の薔薇色の人生始めましょうか! っと」


 家の布団の上に着地したトオルは部屋の暗さに驚いた。スマホを確認すると時刻は夜9時。異世界は昼間だったのに、現代ではそこまで時間は経っていなかった。


「あ〜、とりま編集するか」


——カチッ


「あれ?」


 電気のスイッチを押しても電気はつかない。


——カタカタ


「まじかよ」


 ガスもつかない。


「支払い!」


 異世界への扉が開いたことで有頂天になっていたが、支払いをしなきゃいけないことをトオルはすっかり忘れていたのだった。


「金、ねぇよ……。そうだ、Love沼さんにDMしよ、振り込んでもらおう。とりま、編集してさっさと動画投稿しちゃうべ」


 トオルは真っ暗な部屋の中、布団にくるまってスマホを触るのだった。



*** あとがき ***


次話、トオルバズる! お楽しみに〜

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