episode.16 星空とエルフ
「では、料理をはじめますねっ」
ナターシャはニコニコとカメラに微笑むとトオルにも微笑みかけてから料理を始めた。事前に発酵させていたパン生地に香草・岩塩と植物油を刷り込みオーブンへといえる。
「フォカッチャという美味しいパンなんですよ。今夜作るルビートマトのミートスープにはぴったりです」
<マッマ、すこ>
<かわええ……>
<ピンク色の髪いいな>
<ってか食材全部ちょっとずつ凝ってるのすこ>
<フォカッチャは異世界にもあるんや>
<いいな、うまいもんは共通>
<ハーブの種類はみたことないな>
「ルビートマト?」
「えぇ、エルフの村で育てているトマトで……触ってみてください」
<触ってみてください……⁉︎>
<エッ……>
<これは、エッ……ですな>
トオルが一見、普通のトマトに触れてみると驚いて思わず声をあげた。
「かたっ」
「はい。ルビーのごとく硬いトマトです。サラダでは食べられずこうして岩塩とともに茹でてあげること柔らかく風味が増すんです」
ゴロゴロとトマトを鍋の中に入れて煮ていくナターシャ。次第にルビートマトは柔らかく崩れ、彼女は木ベラでそれを潰し、さらにハーブやニンニクを入れた。
「トマトを煮込んでいる間に、事前に捏ねておいたエルフヌーのひき肉を一口サイズに丸めて、焼き目をつけます」
ジューっとフライパンの上で小さなミートボールが良い音、匂いをあげる。トオルはそのまま食べてしまいたいなと思ったが、配信のために物撮りに専念した。
「軽く焼き目をつけたら油ごとトマトスープん鍋にいれて……あとは切った野菜と一緒にしばらく煮込めば完成よ。トオルさん、いかがだったかしら。シチョウシャさんたちは喜んでくれた?」
不思議そうに首をかしげるナターシャにトオルは配信画面を見せる。
「あら、人間の街にはこんなにハイテクなのね。すごい、この文字はシチョウシャさんが書いているの?」
「日本語……読めるんだ」
どうやら、語学の問題はトオルだけではなくナターシャにもなんらかの力が加わってなのか読めるようになっているらしい。
(よく考えてみれば、最初の動画から異世界人たちの言葉が日本語に変換されて投稿できてたもんな……ラッキー!)
「こんばんは、ふふふ。こんどみなさんも食べにいらしてね」
ナターシャが笑顔で手を振ると投げ銭が止まらなくなる。おそらく、男視聴者のほとんどが彼女に心を持っていかれたらしい。コメントの偏差値が著しく下がったのがトオルにも理解できた。
ナターシャはおっとした雰囲気と、胸が豊かなお陰で包容力がありそうに見えるしその上母性がたっぷり。癒し系という言葉がぴったりの美人だ。その上、エルフだからか見た目も若く美しい。
***
「みなさん、ナターシャの宿。夕食の出来上がりです! ルビートマトのミートスープ。フォカッチャ。それから新鮮野菜のチーズサラダ! 非常にヘルシーで美味しそうですね」
コメントは大盛り上がりで、トオルはスープを一口飲んで食レポをしてみる。
「スープはちょいピリ辛でフォカッチャが欲しくなる味! アラビアータ? に似てるかな」
<まっま映せ>
<ヌコがいい>
<おい、野郎の顔はいいんだよ>
<Truくんすこ>
<うまそ>
「さて、そろそろ配信は終わりっ。次回ご期待ください〜」
トオルは一通りのレポを終えると配信を切って、一息つく。同時接続閲覧者も投げ銭も昼間の食べ歩きと同じくらい。つまりは定期的にファンを呼びこめているということだ。
「そうだ、食べ終わったらお帰りになる前によければお2階にいかがですか?」
ナターシャにそういわれてトオルは首を捻った。
「はい、でもどうかしましたか?」
「いいえ、その見て欲しいものがあって」
ナターシャはエプロンで手を拭くと階段を上がっていく。ログハウス風の宿、2階の半分はバルコニーになっている。トオルははじめてバルコニーに出たが、木でできたリクライニングチェアやハンモックが並んでいる。
「ここへどうぞ」
「ありがとうございます」
リクライニングチェアに座って足を伸ばすと、トオルは目の前広がった光景に息を呑んだ。
彼の目に飛び込んできたのは満点の星空だった。東京ではみることのできない眩いほどの天の川、多種多様な星がそれぞれ輝きなんとも言えない美しさだった。
トオルはずしっと心地よい重さを感じて、膝の上に座っているケンシンを撫でる。彼も心地よさそうに腕を伸ばしていた。
「エルフの村の名物なんですよ。満点の星空。ここのところ、夜はダークオーガが闊歩していてみられなかったんです。美しいですよね、私も大好きなんです。ほら、星ってそれぞれ色も形も違くって……見るたびに景色を変えてくれるでしょう? ねぇ、トオルさん」
「はい」
「守ってくれてありがとう。リータや私を、この村を。貴方にエルフの祝福がありますように」
そう言ってナターシャはトオルの右手にそっと触れた。じんわりと冷たい何かが彼の腕に浸透したような感じがしてトオルは右手に視線を落とす。柔らかい緑色の光が彼の右手を包んでいる。
「きっと、エルフの魔力がいつか役に立ってくれますように」
「ありがとうございます」
「また、きてくださいね?」
「えぇ、必ず」
トオルはもう少しの間、星空を眺めていることにした。
***あとがき***
お読みいただきありがとうございます! 次章もお楽しみに〜!
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