episode.45 厄災との対峙


 トオルが人生最大のカッコつけたセリフのあとすぐに竜人族の城がぐわんと揺れた。


「まさか、もうここまで……!」


「ヴァーネイラ様! 第一城壁が突破、市民に大きな被害が出ています!」


 転がり込んできた竜人の戦士は片腕を亡くし満身創痍、そのまま倒れ込み侍女たちが駆け寄って支える。


「すぐに市民たちを城の中に避難させて!」


「はい!」


 ケンシンがトオルの耳元で囁く。


「なぁトオルあの厄災ってのを倒したら俺たちきっと最高に目立てるぜ!」


「そりゃ最高だな、ケンシン」


 ケンシンはフンスと鼻を鳴らすとぶんぶん尻尾を振った。トオルは恐怖とそれから今までたくさんの敵を倒してきた自分であればなんとかできるのではないかという根拠のない自信で溢れていた。


 けれど、それは厄災と対峙した瞬間に消え失せることになる。



***



 黒く、大きなモヤのようなそれは空を舞えばドラゴンに変わり、大地に降り立てば大きな猛牛に姿を変え、水の中であれば獰猛なサメになる。

 多くの竜人たちの亡骸が転がっている戦場は火・水・雷……など全ての属性が飛び交う。


「くそ……雷も効かないだと」


 ある竜人は旅行扉トラベルポーターで雷を召喚し、厄災に浴びせかけたが厄災はそれを避雷針のように吸収すると、大きな鳥の姿に変わって雷を竜人に落とした。


ある竜人はマグマを呼び出して厄災に浴びせかけるがこれもまた吸収した厄災は大きなカエルに姿を変えてマグマを噴き出し、多くの竜人がマグマの中へ溶けてしまった。


 ある竜人は貯水湖の水を厄災に浴びせかけ、マグマの火を鎮火するも厄災は大きなウナギに姿を変えると電撃を繰り出し、足元の水から竜人たちを感電させる。


 竜人たちが大空へ逃げようなら厄災はドラゴンへと姿を変えて炎の竜巻を起こし、竜人たちの逃げ場を封鎖する。



 その過酷な戦場に人間であるトオルのなすすべはないように感じた。けれど、トオルには一つ、ファンタジー作品あるあるを試してみようと思っていた。


「繰り返せ! 火には水、水には雷、雷には火! 効いていないように見えて魔力を消耗しているはずだ! 斬撃部隊は絶え間なく攻撃をし続けよう!」


 ファンタジーあるある・最強の属性無敵もパワーで突破!


 そう声を出すとトオルとケンシンは走り出した。走り出してからトオルは自身の身体能力が異常に上がっていることに気がついた。

 魔法使いの里で飲んだ謎のスライムゼリーの効果である。足の速さは倍に、動体視力も腕力も上がって厄災の攻撃を余裕で受け流していく。


 前線で走るトオルを見て、竜人兵士たちの士気が上がり攻撃数が増えていく。マグマ、水、雷。変身するたびに弱点攻撃を繰り出され、絶え間なく降り注ぐ矢や斬撃に一瞬だけ厄災がよろける。



「溶けちまえ!」


 トオルは一瞬だけよろけたうなぎの姿の厄災の真上にマグマを召喚する。ウイハ村の火山のマグマである。それは、うなぎの姿の厄災に直撃し、吸収する間もなく大きな叫び声を上げた。


「ぎゅぉぉぉぉぉぉぎゃぁぁぁ」


 この世のものとは思えない大きな断末魔の声にその場にいた全員がのけぞった。


 ある竜人が言った。


「やった……か?」


 盛大なフラグにトオルはゾッと鳥肌が立つ。黒焦げのうなぎはびくとも動かない、死んだように見えた。

 それは死んでいた。


 死んでいるからこそ厄介だったのだ。


「なんだ……死骸からなにか」


 ある竜人が指差した。厄災だったうなぎの死骸からドス黒い霧が流れ出している。


「ん……これ?」


 死骸に近寄った竜人が霧に触れた瞬間、触れた指先から紫色に腐っていく。竜人はパニックになり腕を切り落とすも侵食は止まらず瞬く間に彼は腐り落ちてしまった。


——第二形態……!


「くっくっくっ、我を倒したと思ったか? 小僧」


「その霧に触るな!」


 トオルが叫ぶと、竜人の兵士たちは下がりつつ攻撃を当て続ける。しかし、その霧は炎も水も雷も吸い込み腐らせてしまった。


「効いたことがあるぞ……全てを腐らせて死に至らしめる呪いか、ぐはっ」


 竜人の体が腐り落ちていく。

 霧はどんどん大きくなっていき、トオルの眼前まで迫っていた。


「トオル!」


 ケンシンがなんとかトオルを引っ張って霧との接触を避けるも、トオルは倒れていた竜人の遺体につまずいて尻餅をついた。その拍子にケンシンも転び、トオルたちに呪いの霧が迫っていた。


「ケンシン逃げろ!」


 トオルはケンシンを引っ掴むと後ろへと投げる。自身はどこかにワープしようと旅行扉トラベルポーターを出そうとするもうまく作動しない。


「くそっ……」


 視界がスローモーションになったと感じ、ついに終わりかと死を覚悟した時。トオルと呪いの霧の間に薄くて美しい虹色のヴェールがかかった。


「トオルさんを死なせはしません! 幾千年も続くエルフの祝福は安価な呪いなど浄化してみせます!」


 聞いた声がして振り返ると、そこには桃色の髪を揺らし腕を前に突き出して厄災を睨みつけるエルフの女性がいた。


「ナターシャさん……?」


「トオルさん、こちらへ」


 理解が追いつかないトオルはナターシャに言われるがまま彼女の後ろに下がった。


「こんなところでエルフの力が役に立つなんて……私たちエルフは永久の時を生きてきた種族です。命と向き合い、命を感じる。だからこそ与えられたエルフの祝福はどんな呪いも解いてしまう」


 ナターシャがぐっと腕に力を入れるとエルフの祝福は全域に広がり、死んだ大地が息を吹き返すかのように新緑に染まった。呪いの霧は消え失せる。


「ナターシャさん、どこから……?」


「わかりません。不思議な旅行扉トラベルポーターが目の前に現れたのです。そして不思議な声で『どうか助けて』と」


 トオルはナターシャとの再会を喜ぶ瞬間すらなく、先ほどまで厄災の死骸があった場所に何もないことに気がついた。


「あいつ……どこへ」


 見渡す限り新緑の芽が生える草原にやつの姿はない。エルフの本来の力に驚きつつもトオルは大空に浮かぶ大きなドラゴンに絶望した。それは形もあやふやでまるで影のようだった。じっとりと黒く、ドラゴンの形を保ちつつも不気味に揺れている。


「ぐはは、小賢しいエルフよ。汚らしい草を焼き尽くしてやろう」


 邪悪なドラゴンは大きく口を開けると、薙ぎ払うように豪炎を吐いた。迫り来る炎にトオルは旅行扉トラベルポーターを出そうと足掻くもうまくいかない。


「ナターシャさん逃げて!」


 トオルが叫ぶと、どこからともなく愉快なまるで楽しむような美しい歌声が聞こえた。トオルの前に現れたのは流れる様な黒髪に美しい黄色の瞳。初めて出会った時と違うのは彼女に2本の人間の足が生えていたことだろう。

 彼女を横抱きにしていたのはウイハ村で出会ったシーオーガの青年カイだった。


「ミリア様! 早く!」


「カイ、焦るでない。まったく」


 ミリアが右手を掲げると、厄災の吐く豪炎をどこからともなく出現した水が飲み込み消滅させた。厄災は再度豪炎を吐こうとするも口の中の火種はシュウと音を立てて消えてしまう。


「この世界の水は我がシーマーメイドの族長の思うがまま。生まれたばかりの赤子になぞ負けませんわ」


 ミリアの歌声に合わせるように空気中の水が集まると厄災に大きな一撃を加える。


——まさか、俺が願ったから力を持った人たちが呼び寄せらせている……?


 トオルは死ぬ瞬間には絶対に出現しない旅行扉トラベルポーターの謎を解いたのものの、今度は雷鳴を響かせ始めた厄災にさらに死の恐怖を覚えた。


「カイ、私たちは死ぬかもしれないわね」


「笑い事じゃないですよ! ミリア様!」


「こんなに水浸しにしちゃってあんな雷を喰らったら全員お陀仏だわ」


「なんで楽しそうなんですか!」


 二人のコントを聴きながらトオルは必死で願った。そして旅行扉トラベルポーターを開こうと右腕を前に突き出した。




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