episode.7 恋沼さんはお世話がしたい
「じゃあ、本当にそこにワープゾーンがあって、トオルくんは異世界に行っているってこと?」
結衣は不思議そうに首を傾げつつ、押し入れの中を覗き込んだ。
「あぁ、不安になるからやめてくれ。俺からみるとワープゾーンに結衣ちゃんが顔突っ込んでるから」
「えぇ、全然見えないけど……」
「ってか、信じてくれるの?」
「えぇ。だってトオルくんは嘘つかないし。それに、なんかあのハイクオリティな動画を突然? と思ったら異世界に行っていた方が納得がいくというか……」
「それって結構失礼系?」
「ちょっと、失礼系かも」
と笑った結衣が可愛くて心臓を掴まれたトオルはヘラヘラと笑い返す。目の前でトオルをみて笑いかけている女子大生があまりにも美人すぎるのである。
「けど、俺もびっくりでさ。本当に突然現れたんだよなぁ」
「前兆とかなかったの?」
「うーん、あっ。そういえば腕がめっちゃ痛くなって転げ回ったくらい? けどそれだけ」
結衣は顎に手を当てて考え込んだ。美人はなにしても絵になるなとトオルは考えを放棄して見惚れていた。
(まさか、俺の部屋でこんな可愛い子がぁ……)
「トオルくん、聞いてる?」
「へあ? あぁ、うん」
「だから、通話繋いだままワープしてみない?」
「え?」
「私も異世界とか……みてみたいし」
結衣はスマホを手に顔を赤らめた。ちなみに、彼女は異世界が見たいというのは完全に嘘で、その本当の目的は「トオルとLIMEを交換すること」である。
(トオルくん、私なんかと交換してくれるかな……?)
この女もまた、違う意味で鈍感なのである。
「じゃあ、やってみる? はい、QRコード」
「あぁぁ! トオルくんのQRコード⁈ ありがとうすぐに登録するね!」
結衣は急いでトオルとLIMEを交換し、トオルもそれを確認する。そのまま、通話ボタンをタップしてビデオ通話を開始する。
「おっけい。じゃあ、一瞬、入ってくるわ」
「見守ってるね」
結衣がスマホ片手に押し入れに入っていくトオルの背中を見守っているとほんの一瞬だけ目が眩むような光に襲われ目を閉じてしまった。
彼女が目を開けるともうそこにはトオルの姿はない。
「トオルくん⁈」
急いで画面を確認すると、非常にぼやけてはいるがまだ写っている。
「あ、つながるわ。結衣ちゃん、聞こえる?」
「聞こえるし見える。なにそれ? 小屋?」
「そうそう、あ〜おっけい。でもこのワープポイントから離れると……が……で——あ」
そしてまた、強い光、今度はゴロンと大きな音が部屋に響いて結衣は目をパチクリさせた。
目の前にトオルが転がっていたのだ。
「結衣ちゃん! まじ大発見! ワープゾーンのそばなら電波通じるっぽい! まじありがと!」
「じゃあ、ルーターをこの辺に置いて……wi-fiで繋げばもっといけるかも?」
結衣の提案にトオルは「確かに!」と指を鳴らした。
「でも、電波通じるのは結構意外だったな。結衣ちゃん、俺がワープするところ見えた?」
「いいえ、光がピカってなって見えなかった。気がついたらトオルくんがどこかに消えて、気がついたら戻ってきたみたいな感じだったよ」
「そっか……じゃあ、まだ押し入れの中に何も見えない?」
「見えない。ほら」
結衣が押し入れの中に手を突っ込んだ。結衣から見れば何も感じないが、トオルはまたひやひやさせられた。
「でも、これなんとかしたら異世界で生配信できるかも? 結衣ちゃんありがとう! Love沼さん時代からずっと世話になってるけど……やっぱ俺とは違っていつも冷静で賢くて頼りになるぜ!」
「えへへ、こうやって直に褒めてもらえると嬉しいなぁ。そうだ、次はお花がいっぱいでエルフさんとかがいるような場所で食べ歩き動画撮ってほしいなぁ……とかリクエストしても?」
「もっちろん! 前回は結構ワイルド系だったしそういう路線もあり。けど、移動するってなると時間かかるし少し日は空くかも?」
「よければなんだけど……私もこの近くに住んでて。その、トオルくんのお手伝いとかさせてくれないかな? お料理とかお掃除とかそういうのなら力になれるかも〜なんて」
「えぇっ! あんなにお世話になってるLove沼さんにそんなこと」
「いいの! 私がしたいの! だってトオルくん、いつもコンビニのおにぎりとか水掛けごはんとか。居酒屋さんの賄い1食でなんとかするとか不健康で心配になるんだもん」
「へぇ、よくご存知で……ぐうの音もでません」
「わかったら、私にお世話。させてっ。その、お金とかは出世払いでいいから……その、永久就職とかでも」
真っ赤になって勝手に台所に向かった結衣が冷蔵庫の中を見て悲鳴を上げ、トオルは2ヶ月前に買って放置していた牛乳があったことを思い出した。
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