episode.31 焦るトオルと冷静な結衣


「くそっ! なんで飛べねぇんだよ!」


 トオルは何度やっても現れない旅行扉トラベルポーターにいらつき押し入れの引き戸を強く閉めた。バタンと引き戸がはねて中途半端に開く。しかし、旅行扉トラベルポーターは現れない。


 トオルはてっきり「ケンシンのところへ」と願って旅行扉トラベルポーターを作り出せば良いと思っていたが……、どうやらこのワープはこの世界のどこかに飛ぶようにはできていないようだった。


「そうか、痛みで……」


 トオルはその辺に転がっていたペンで右腕をぐさっとやってみるが、旅行扉トラベルポーターは現れない。じんわりと痛みが広がったが、彼はそんなことどうでもよかった。

 ケンシンはあぁ見えてまだまだ子供で、無謀すぎるくらいに勇敢で生意気なくせにトオルには懐いている。その上、彼は異世界の出身だ。この世界に慣れていない上に知らない人間に連れ去られたとなればひどい恐怖が彼を襲っているに違いない


「トオルくん!」


 トオルからメッセージをもらった結衣が部屋にやってくる。彼女は鍵もかけずに腕を突き刺している彼を見つけ必死で押さえつけた。


「結衣ちゃん、ケンシンのところに行かないと。あいつ、連れされたかもしれなくて」


「わかる、心配なのはわかるけど……冷静になって!」


 結衣の大きな声でトオルは少しだけ冷静になってペンをテーブルの上に置いた。結衣は救急箱を探し、消毒液やら絆創膏やらを取り出して応急手当てをする。トオルは染みるはずなのに痛みを感じないくらいにアドレナリンが出ていて、息も荒い。


「俺さ、異世界では動物と話せるようになったんだ。んで、ケンシンはまだ子供でさ。生意気で甘ったれて……でも、ダークオーガにも立ち向かうくらい勇敢で……俺が再生数欲しさにあいつを動画に出したから、こんなことに」


「トオルくん。それは違うよ。悪いのは犯人。それ以外ないよ」


 結衣は真剣な表情で取り乱すトオルに言った。


「わかってるけど……」


「ワープで飛べなかった……って言った?」


「あぁ、旅行扉トラベルポーター……ワープの原理は『俺が願った場所』に飛べるはずなのに。もしかして、もうケンシンは死んだってことか……?」


 一瞬だけ結衣が戸惑うような表情を見せたが、彼女はあくまでも冷静に


「トオルくん、部屋の外にワープできる?」


「え?」


「だから、やってみて。あっちの玄関の方に」


「わかった」


 トオルは自分の家の玄関先を思い浮かべ、ワープをを出そうと右腕を前に出した。しかし、そこには何も現れない。


「できない……であってる?」


 結衣にはワープ空間は見えないため彼女は確認をする。


「あぁ、無理っぽい」


「つまり、トオルくんのワープはこの世界同士では使えないってことかも。だから、もしかすると一度異世界を経由する必要があるかもね。だっていつもは帰る時はこの家を思い浮かべていたはずでしょう?」


「そうか、じゃあ一度異世界に行って……それからケンシンのところにいけば」


「ダメ」


「結衣ちゃん?」


「トオルくん。相手は異世界の住人じゃなくてこの世界の人間なんでしょ? じゃあ、突然トオルくんが現れたら住居侵入になるし最悪殺されるかもしれない。だから、むやみに飛んでいくことは良くないと思う」


 結衣のいうことはごもっともであった。犯罪者の住処に突然ワープしたとしてトオルに身の危険が及ぶことも考えられる。場合によってはトオルが逮捕されることもあるのだ。


「じゃあ、警察官が見つけるまで待てって?」


「トオルくん。だから冷静になって。私を……私たちをもっと頼って」


 結衣は「私たち」と言い直すとスマホを見せた。そこにはTruチャンネルのページが映し出されている。


【チャンネル登録者 100万人】


「こんな時に……100万人か」


「トオルくんには100万人も味方がいるってこと……だから私たちにもっと頼って。もうトオルくんはLove沼に向けてだけ配信をするんじゃないんだ。こんなに多くの人が応援してくれてる、だから……トオルくんにしかできない探し方があると思うの」


 結衣は混乱していたトオルを胸に抱き寄せると「大丈夫、大丈夫」と頭を撫でた。トオルは放心状態だったが、少しずつ鼓動がゆっくりになりしばらくしてスッと気持ちが落ち着いた。


「結衣ちゃん、ありがとう。俺、配信するわ。ケンシンは賢いやつだ。そんな簡単にくたばりはしない。そう信じて……」


「うん、私は家から見守ってる。配信が終わる頃にまたくるね」


 日曜日、朝の8時。


 トオルは、全てのSNSで空き巣に入られたこと、ケンシンが攫われた可能性が高いことを写真付きで伝えた。


「緊急配信です。現在、飼い猫が何者かに拐われてしまった可能性が高いです。みなさん、ちょっとしたことでもいいので何か情報があれば連絡をください。お願いします。大事な相棒なんです。白いメインクーンで名前入りの首輪をつけています。窃盗なら外されているかもだけれど……」


<まじか>

<ヌッコ窃盗? そういえば、この前別の配信者も同じようにヌッコ脱走か盗まれた話してたよな?>

<ってかマジなん?>

<話題稼ぎにしては趣味悪いしガチじゃね・・・? この動画収益切ってるし>

<ケンシン……無事でいてくれ>

<ネット潜って探してみるわ、何かしらのSNSに映り込んでるとかあるかも>

<そういえば、他の配信者も盗まれた話あるしワンチャン動物愛護系の過激派とか?>

<過激派ならSNSでやってそうだし探す価値はありそう>

<ケンシンの画像あげてくれ、片っ端から画像検索かけるわ>

<都内と近隣県の保護施設とか迷い猫情報あげていこうぜ、メインクーンとか白猫はいったんあげようぜ>

<ケンシン捜索用のZを立ち上げました。みんな@kenshinsagase1234 にメンション飛ばして情報送ってくれ、こっちで厳選してTruにメンションすっから>

<さす有能>



「みんな……ありがとう。俺も警察、弁護士、探偵。なんでも使って探します。ケンシンが見つかるまで……配信は休みますが、全力で犯人の特定とケンシンを無事に保護します。絶対に……」



<Tru がんばれ!>




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