side ??? ガチ恋リスナーの本懐


 私がTruくんを見つけたのは彼が配信を始めた初日だった。

 当時の私は大学受験に失敗して、滑り止めだった女子大学に入学し興味のない文学部で友達もできない日々を送っていた。


「英文科に行って、留学して通訳さんになるのが夢だったけど……私が入学したの現代ビジネス人間科学環境学だし」


 いい大学にいっていい就職先に就職して、バリバリ働くなんてそんな「普通」の夢も私には叶えられないのだと絶望していた。


「でも、誰も私になんか期待していなかったし。お兄ちゃんが全部おうちのことはやってくれるんだし」


 私の家はいわゆる少しお金持ちな家系だ。と言っても代々〜みたいな感じではなく、両親ともに商社で働いているから年収が安定しているという感じ。私が通訳の夢を追おうと思ったのは小さい頃に海外にいたことも理由のひとつ。


——受験本番でお腹が痛くなるなんて。しかも、三回も!


 受験に失敗してからは、なんというか両親からも兄からも哀れみの視線を向けられるし、女の子だから浪人はしない方が良いと言われたけど……我慢せずに夢を追いかければよかった。


「結衣、期待をかけすぎてごめんね。もう結衣は頑張らないで結衣ができることをすればいいからね。お兄ちゃんが海外の大学院に合格したんだし。結衣は何も考えなくていいんからね」


 期待をかけられないことがこんなにも辛いだなんて思わなかった。もう、自分は家族に必要とされていないんだと強く落ち込んだ。


「実家から出られて、そのうえ仕送りまでしてもらってるんだし感謝しないとね」


 ドレッサーに並んだ入学祝いの高い化粧品、清楚な女子アナ風のお洋服たち。机の上に散らばったサークル勧誘のチラシ、ミスコンテストのチラシ。


 どれもこれも私にとっては悲しいものになってしまう。入りたかった大学じゃないんだもん。同窓生たちはみんな「いかにハイスペックな男子を捕まえるか」に命をかけているような子ばっかりで気も合わないし。



『どうも〜、こんにちは。Truです。えっと、有名な配信者になるためにバイトしつつなんで毎日はできないけど配信頑張る! まずは、機材を揃えるために雑談からだぜ! 一緒に夢叶えてくれ! ってリスナー1人ですよね、ヨロシクです〜』


 リスラブという配信サイトでたまたま見つけた彼は、底抜けに明るくてちょっとおばかで……それでも彼の話を聞いていると私の悩みなんてちっぽけだと思えるような感じがした。


「あっ、リスナー名変えなきゃ。えっと、えっと……リア友にもバレたくないしそうだ。名前を文字って……そうだ、半分英語にしよっと」


 まだ大学に馴染めていなくて友達はいないけれど、念の為。


『Love沼さん! これからもよろしく! 俺の夢を応援してね〜』


「えっ……私必要とされているの⁈」


 私は「応援します」とコメントをしてみる。


 すると……


『やばっ! 初コメ嬉しい! Love沼さん。ありがとう! Love沼さんが聞いてくれるならちょっと延長しちゃおっかな。って何話そう? なんか質問とかあります?』


「私なんかが質問してもいいのかな……?」


 と遠慮しつつ「アルバイトを何を?」と質問してみる。


『飲食店です! 元気なだけが売りなんで。そうだ、Love沼さんも関東圏なら出会うことがあるかも? そん時は優しくしてくださいね〜」


 配信越しの対話に胸が高鳴っているのを感じていたら、ポップアップが表示される。


【初めての投げ銭は無料! 無料コインはこちらから】


「えいっ」


 タップしてみると、コメント欄に【Love沼:100コインが投げられました】と表示される。


『うひょ〜! Love沼さん! 投げ銭ありがとう! まじ感謝! 缶コーヒー買う時の足しにします!』


「たったの100円なのに……こんなに喜んでくれるんだ」


 そのゾワゾワ感じた後、私はほとんど無意識でクレジットカードを登録して5000円課金しコインをチャージしていた。

 どうやら、投げ銭をする時のコメントは長い間表示できるらしい。といっても、今この配信にいるのは私だけだけど……。


【Love沼:これから応援します!4500コインが投げられました】


「うひょ〜!!! Love沼さんまじありがとう! 初めてのファンが君で嬉しい! 無理せず応援してくれぃ!」


 私は自分に向けられたその言葉が嬉しくてぎゅっとスマホを抱きしめた。


 好きでもない女友達との旅行や買い物よりも、高いメイク道具よりもこの人に喜んでもらうために使う方が100倍嬉しいじゃん!


 これが私、恋沼結衣とTruくんの出逢いのお話。まさか、これからどっぷりと彼の沼にハマってしまうことになるなんて、大学入りたてだった私は全くもって想像もしていなかったのだ。

















 

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