episode.21 トオル、最強になる


「この、くっさいのが本当に薬なのかしら?」


「ええ、そうでございます」


 ヴァーネイラは美人な顔を歪めて、手のひらの上の小さなビンを怪訝そうに眺める。彼女の侍女である竜人たちも眉をひそめた。


「一応、俺たちサイズで1日3回、1回につき3粒なんですけど……ヴァーネイラ様の場合はもうちょい多めかも?」


「ほぉ……これを6粒ずつ。包んでおくれ」


「ひぃっ……異世界の臭いものぉっ」


 侍女のお姉さんたちが文字通りひぃひぃ言いながら大露丸を手に奥の部屋へと消えて行った。

 ヴァーネイラは少しの間目を閉じると、フッと美しく微笑んでトオルたちを見据える。


「あの〜、どうかしました?」


「私には未来が見えるのです。あの薬がよく効いて、私が解放される未来が……ありがとうトオル。貴方に女神竜の祝福を授けましょう」


「え! 突然だな!」


 トオルと結衣は顔を見合わせた。結衣は一歩下がって、トオルから距離を取る。


「トオル、貴方に授けた旅行扉トラベルポーターの力を強めて差し上げましょう」


 ヴァーネイラが大きくてを広げて何か呪文を唱えると、金色のキラキラした何かがトオルに降り注いだ。


「おぉ⁈ 力が湧き出て……こないぞっ?」


「あらあら、ほら。旅行扉トラベルポーターを開いてみなさいな」


「は、はぁ」


 トオルは右手をかざしてみる。そのまま心の中で旅行扉トラベルポーターを開きたいと軽く願うとすぐにワープ空間が現れる。


「貴方の旅行扉トラベルポーターは、進化したんですよ」


「どんな風にです?」


「竜人の戦士たちが使うものにしたの。たとえば、相手の体内に旅行扉トラベルポーターを作り出したり……、貴方があのダークオーガにしたように回避不可能な場所に飛ばしたりね。今までは、貴方が一緒にいなければ飛ばすことはできなかったけれど、これからは貴方が一緒に入らなくても対象物を飛ばすことができるわ」


「つまりそれって最強ってことです?」


「えぇ、竜人の戦士はこの世界の中で最強と言われているわ。無論、私のように心を読めたり未来を見えるわけではないけれど……。この旅行扉トラベルポーターを使用することができるのが大きな理由ね」


「俺、最強になっちったよ!」


 舞い上がるトオル、結衣はちょっと心配であったがヴァーネイラからテレパシーで


(貴女のような賢いパートナーがいれば大丈夫ね)


 と褒められたことでこちらも有頂天だった。


「トオル、貴方がやっている『食べ歩き配信』とやらの際に困った者たちがいたら助けてあげてね。そうそう、これをあげましょうね」


 ヴァーネイラは茶色い巻物をトオルに手渡した。広げてみるとそれは世界地図だった。ご丁寧に細々と国の名前や村の名前、デフォルメされた種族の絵が描かれている。


「おぉ、すげぇ」


「私が貴方のために徹夜して描いたのよ。貴方の旅が良き旅になりますように」



***



「じゃあ、結衣ちゃんよろしく!」


「はい! いくよ〜」


 結衣が手を上げて合図をすると、トオルはパッと笑顔になって「始まりました! 今日は賢者の集う食堂でサンドイッチ食べ歩きです!」と言う。


<おぉ! まさかの他撮り?>

<すぐにマネちゃん着くのすこ>

<流石に稼いでるでしょ、100万人目前だもんよ>

<賢者の村サンドいいな>


 同時接続閲覧者はすでに1万人。配信を開くたびに初動人数が上がっている。


「今日は、カメラマン同行でいきまっす! なんでもこの賢者の村では入場した人はタダでサンドイッチ食べ放題! みてください! ありとあらゆるパンや食材がバイキング形式で並んでいます!」


 要塞の国、そのちょうど中央に位置する「食堂」と呼ばれる一際大きな建物。まるでホテルのバイキングゾーンのような作りになっていて、竜人の賢者たちがそれぞれ好みのパンを片手に間に挟む食材を選んでいる。

 座って食べることができるスペースも設けられているようだが、ほとんどが使用せずに持ち帰っているようだった。


「まずは、ここでパンを選ぶようですね」


 トオルに合わせて結衣がパンを写す。食パンっぽい四角いもののスライスからバゲッドパンんスライス、ホットドックにできそうな感じの切れ込みが入ったものなど様々だ。


「あら、珍しいお客さんね。こんにちは、この食堂の使い方はご存知で?」


 竜人のお姉さんは賢そうな丸い眼鏡をかけ、食堂には似合わないローブ姿だ。黒髪によく生える白いツノが生えていた。


「いえ、初めてで」


「ちなみに、その黒いのは?」


「あぁ、これは記録を取っているんです。世界の食べ物の文化〜的な」


「あら、それはとても良い知識の記録ですね。では、私がご案内差し上げますね」


「お願いします」


「ではまず、このバスケットを持って……好きなパンをお選びください。右から、ブレッド、バタール、ライ麦、黒麦。スライスと一本まるまるに切れ目が入ったものがあります」


「じゃあ、ブレッドのスライスにしようかな」


 ブレッドと呼ばれているのは、いわゆる「食パン」のような白くて耳のついた四角いパンだ。


「ほとんどの賢者たちは使用しませんが、こちらの薪ストーブの上でパンを焼くこともできますよ」


「じゃあ焼いちゃいます!」


「あら、そちらのお嬢さんは?」


 竜人のお姉さんは笑顔で結衣に向かって微笑んだ。


「あ……」


「あ……」



<女⁈>

<トオルくん、女なのね!>

<カメラマンとぼかしたということはつまりそういうことだぞ!>

<おい〜WowTubeドリームえぐう!>

<もともと既婚者彼女持ちの陽キャだった可能性>

<これは新事実、ネットニュースさーん!>


 こうして瞬時に「Truチャンネル 彼女疑惑」がトレンドに上がったのだった。


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