episode.42 両者の救世主になった俺、甘さに溺れる
「あぁ! トオルさん!」
魔法使いの里へ戻ってくると、明るい表情になったファタリーと美しい女性へと変わってるナターがトオルを出迎えてくれた。
「トオルさんが水の牢に入ったあと呪いが解けたのです。魔法キビの芽が顔を出し、我々の育成魔法も妨害されず……作り出す菓子が腐ることもなくなったのです」
「よかった。彼女に呪いを解いてもらい彼女を別の場所へワープさせました」
「ではもうここへ戻ってくることは?」
「ないと思います。彼女はちゃんとした居場所を見つけましたから」
「そうですか……我々としても、魔女の死の呪いの恐怖もありましたが、あの魔女を殺してしまってまた魔法使いと魔女との戦争の火種になるようなことはしたくなかったのです。居場所を見つけたのならよかった」
ケンシンとトオルは目配せをした。
まさか、ユリーヌが「火炙りになって死ぬこと」を望んでいたなんていう必要はなかったからだ。トオルにとっては誰かを正しく裁くことよりもどちらも幸せになる方法の方が重要だからだ。
「ちなみに、俺はもともと食べ物の調査に来ているんですが、市場の復活ってどのくらいになりますか?」
トオルの言葉に、すっかり美女になったナターが杖を振った。するとトオルの周りにいくつかのカップケーキが出現し、くるくると浮遊して回った。ピンク、グリーン、イエローなどのパステルカラーのクリームがたっぷりと乗っかっている。
「おひとつどうぞ。たっぷり甘いカップケーキでございます。我々は魔法使い、魔法さえ使えれば汚れた施設も壊れた道具もすぐに元通り。記録をぜひ取っていってくださいね」
トオルはナターの指差した先に魔法使いの里の本来の姿を見た。活気付く街並み、不思議な紫色の煙が上がり、甘い匂いが漂っている。街ゆく魔法使いたちは不思議な魔法道具を手に歩いていたり、両手一杯にスイーツを抱えていたり……。
幸せそうな表情であふれる市場にトオルも自然と笑みが溢れた。
「ぜひ、じゃあ緊急配信開始だ! ケンシン、悪いけど配信中はリュックの中で頼むぜい」
「了解、しゃーにゃし。配信終わったら俺もケーキ食う」
「はいはい、生クリームな」
ケンシンがリュックに入ったのを確認すると、トオルはサッとスマホを取り出して結衣に連絡を入れ生放送枠を取る。すぐに結衣からOKの返事が返ってきたのでスマホのカメラをONにした。
【緊急生放送! 魔法使いの里を救ったので菓子食べ歩きする】
「みなさん! 今日はスイーツ特集! ということでさっそく食べていこうと思います。見えますか、俺の周りに浮くこのカップケーキ」
トオルはイエローのカップケーキを掴むと豪快にかぶりつく。ガツンと脳にくる甘味とふんわりかおるレモン。スポンジ部分は甘さ控えめのふわふわで中にはトロッと酸味のあるレモンジェリーがとろける。
「見てください、中にはジェリー? が入っていて甘いのにさっぱりします。うーん、うんまぁ」
<Truくん、まじでカップケーキ浮いてるように見えてて草>
<見切れてる魔法使いのお姉様美人>
<ネッコさすがにいないのか、寂しい>
「魔法使いは甘みの強い食材で魔力をチャージするらしく、見てください。市場はまさにスイーツ市場! すみません! 一枚もらえますか?」
次にトオルが足を運んだのは大きなチャンククッキーの露店だ。成人男性の手のひらと同じくらいの大きくて薄いチョコチップクッキーが焼きたてで湯気を上げている。
「おや、救世主様じゃないか。是非是非食べていってよ! チョコとプレーン、どっちがいいかい?」
「じゃあ、チョコで。ミルクもカップ1杯お願いしまっす」
「はいよ〜」
大きなチャンクチョコチップクッキーとキンキンに冷えたミルクを受け取って、少し人通りが少ないところへ移動すると、スマホを固定する。片手にミルク、片手にクッキーを持って食レポの開始である。
「ミルクにダンクして……じゅわっとミルクを吸ったクッキーを……ふぐふぐ、しゃりしゃりでうまい! あったかいクッキーとトロトロのチョコチップ、ミルクの濃厚さが甘さとうまく調和してます」
シャリシャリと小気味良い音、甘くて冷たくて暖かい。そんな不思議な調和がトオルを満たしていく。クッキーを浸すたび、ミルクにはチョコレートや甘みが溶け出しこちらも甘く美味しく仕上がっていく。
「ミルクが余ったので次は何を食べようかなぁ〜」
クッキーを食べ終わると再び、市場に戻りトオルは物色する。不思議な色のキャンディーや毒々しい色のケーキなど若干躊躇したくなるようなものも並ぶ中、トオルと視聴者の気をひいたのは一つのお菓子だった。
「お兄さん! どろっと砂糖もちはいかが?」
明らかに様子のおかしい紫色のローブを着た魔法使いが呼び込みをしている店、ショーウィンドウには蛍光グリーンのスライムが並んでいる。
「これ、スライム……ですよね?」
「まさか! 魔物のスライムににてはいますがれっきとしたお菓子ですよ! お!か!し!」
<Tru、いけ>
<絶対やばいやつやんけw>
<配信者ならいけるよなぁ?!?!>
<これはあかんやつw>
<Truくん。もちろん食べますよね?>
<食べたら投げます>
「く、く、くださいぃ」
トオルの返事に様子のおかしいお姉様魔法使いは、蛍光グリーンのスライムをどろりとカップにうつしてトオルに寄越した。
「これって、スプーンとか?」
「いいえ、一息で飲み込んで〜。噛むと臭いから」
「えぇ! 臭いんすか!」
「ちょっとね、でも健康に良いものよ。ささ、一息で」
「う、うぅ……いくぞ!」
トオルは自分にカメラを向けながら一気にスライムを流し込んだ。どろどろ、ねばねばとする感触。舌に触れる表面上は甘いのにその奥には何か奇妙な香りがする。
喉の奥に無理やり流し込んで嚥下すると口の中には、感じたことのないような不快感が残る。
「うえぇぇ」
「あぁ、なんていいリアクション! 救世主様! 砂糖もちは魔法キビの砂糖を最大限まで濃縮して食用スライムの膜で包み込んだいわば魔法薬。あなたの中にある力が増大するものですよ」
「今、食用スライムって??」
「えぇ、食用スライムっ。ぷるぷるですごく苦いの。おいしかったっでしょう?」
「おいしかったですぅ」
ゲップをしながらトオルは路地へと入り、スマホに向かってレポートを始める。
「えっと、すげーまずかったす」
<Truナイス>
<ゲロまず表情かわいかったわ>
<これはいい>
<新しい食べ歩きでいいね>
<切り取りチャンネルはじめました!>
<これはベスト切り取り確定だな>
<がんばりました 3万円>
<Truくんの不味いもの食う顔可愛くてすこ>
<いや〜、いいものみましたわ>
「そいじゃ、おわります。うぷっ」
トオルはいつもより早めに配信を終えた後、自身の中にみなぎる魔力の力に気がつくのだった。
より動物の声が鮮明に聞こえるようになったし、ワープの生成も早くより正確になったのだった。
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