第49話 溢れる恋心

「来るのちょっと遅かったか......」


 ゴールデンウィーク休み、柚衣は琴美と一緒に有名な観光スポットへ行く約束をしていた。

 元々二人でどこかへ出かける予定を立てており、イルミネーションが有名なフラワーパークへ行くことにした。

 琴美はどこでも良いというので前々から行ってみたかったところを選んだのだ。

 花が咲き誇っているところで、夜にはイルミネーションがライトアップされる。

 

 もちろん楽しみにしていた訳なのだが待ち合わせ場所の問題か時間の問題か。

 琴美が男性二人にナンパされているところを見かけて苦笑するしかない。

 こうなることを予測せず早く来なかった自分にも非はある。


 天使様モードでいなしているようだが男性二人は中々下がらない。

 表情には出していないが困っているように思える。


 柚衣は急いで琴美の近くへ行き、声をかけた。


「ごめん、お待たせ......すみません、私の彼女に何か用ですか?」

「あ、え......彼氏さん? あー、ごめん、邪魔だったね。俺たちちょっと暇だったから遊ぶ相手探してて......はは」


 そう言って男性二人組は引き下がってくれた。


 友達と言っても下がらなさそうなので柚衣は彼氏のフリをした。

 そのおかげか、潔く下がってくれたが琴美の方は勝手に彼女にされて不快だったかもしれないと反省する。


「あ、ありがとうございます......おかげで助かりました」

「すまん、遅れた上に勝手に彼女にされて迷惑だったよな」

「いえ、大丈夫です。そもそも遅れていないですし、助けていただいたのに迷惑でもなんでもないです」


 現在時刻は待ち合わせ時刻である十八時の約五分前。

 確かに遅れた訳ではないのだが琴美より遅く来てしまった結果、今回のようになった。

 とりあえず何事もなかったので次から気をつけようと柚衣は思い、切り替える。


「やっぱり柚衣くんは頼もしいですね」


 そう言って琴美はいつもの笑みを浮かべる。

 ただ、いつもより可愛いと思えるのは琴美の着ている服のせいなのだろうか。

 ラフな格好ではなくお洒落をしてきているので大人びて見える。


 このためにお洒落をしてきたのだろうと考えると服のことについて触れたほうがいいだろう。


「......どうしました?」

「服似合ってるなって思って」

「そう言ってもらえて嬉しいです。新しく買ったんですよ......今の私、可愛いですか?」


 琴美は少しイタズラっぽく微笑む。

 いつものからかいなのか、柚衣に可愛いと言われたいのか。

 間違いなく前者だろう。

 人間たるもの、可愛いと言われたいという欲求は少しは入っているかもしれない。

 しかし大部分はいつものからかいであることが表情からわかる。

 

 思えば琴美に対して直接的に可愛いと言ったことがない。

 故に羞恥は覚えるものの、やられっぱなしなので引っかかりたくはない。


「当たり前だろ、というよりいつも可愛いと思ってる」

「え、あ......」

「顔だけじゃなくて性格とかも全部可愛いと思ってるぞ」


 仕掛けた側である琴美の顔がみるみる内に赤くなっていく。


「ゆ、柚衣くん、そんなことをスラスラ言える人でしたっけ......?」

「いつも揶揄われているからたまには仕返しだ」

「......柚衣くんのばか」

「照れてる姿も可愛い」

「照れてません! そ、そんな薄っぺらい言葉を投げられても照れませんから!」


 そんなことを言いつつ、琴美はさらに顔を赤くする。

 これ以上は流石に揶揄うのをやめようと思い、柚衣は話題を変える。


「わかったわかった......じゃあそろそろ行くか。最初にご飯にする?」

「......そうですね、時間もちょうど良いですし」


 そうしてお店に向かったのだが道中、琴美はずっと子供のように拗ねていた。


 ***


「とても綺麗です!」


 夕食後、本命の公園へ向かうと早速入り口の部分からライトアップがされていた。

 咲き誇る花も綺麗で多種多様な色が別世界を形作っている。


 画面で見たものと実際に見るものは違うのだなと実感させられる。

 柚衣が思った以上に綺麗で魅了される部分が多い。


 ただ、ゴールデンウィークだからか思ったよりも人が多い。


 柚衣は琴美に手を差し出す。

 琴美は何も言わずにその手を取った。


「やっぱり柚衣くんの手は大きいですね」

「まあな、体つきも違うし」

「......ふふ」

「ん、どうした?」

「何でもありません、行きましょうか」


 そうして景色に魅了されながら歩いていく。

 園内は花の香りで満たされており、良い匂いが常に漂っていた。

 そして思っていた以上に壮大なフラワーパークでずっと奥まで花畑と道が続いている。

 花の名前に詳しくないので分からない部分はあるのだが綺麗だということは分かる。


「柚衣くんは一番好きな花とかありますか?」

「特にない......けど強いていうなら白の胡蝶蘭かな、何となく色と形が好き」

「わかります、胡蝶蘭、私も結構好きです」

「琴美はあるのか? 一番好きな花」

「私は......桃の花が好きです。私も何となくですけど今の私に当てはまるところがあるなって」


 桃の花がどんなものかわからないので柚衣は思い浮かべることはできない。

 ただ、頬を赤ながら楽しそうに話す様子を見て柚衣も笑みを浮かべた。


 そして話しながら景色を楽しんで歩いていると気づけば辺りに人はいなくなっていた。

 いくつかのルートがある上にフラワーパーク自体が広いからだろう。

 しかしお互いに握った手は離さない。


「......琴美」

「はい、何でしょう。柚衣くん」

「俺......さ」


 続きを言おうとしたところで柚衣は唇を噛んで自分の感情を抑える。


 恋心が積もっていけばいつかそれが溢れる時が出てくる。

 自分で恋心を抑えられない時が出てくる。


「......やっぱり何でもない」

「何でですか? 気になるんですけど」

「何でもないよ、ただ呼んだだけ」


 琴美は疑問に思ったようだがそれ以上追求することはなかった。

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