第36話 バレンタインという日

「ゆ、柚衣......ヘルプ」


 昼休み、女子に見つからないようにしながら教室へ来た遼の顔はぐったりとしていた。

 柚衣はその顔を見て苦笑する。

 今日は年に一度しかないバレンタインの日だ。

 故に女子からこれでもかというくらいモテている遼がもらったバレンタインチョコの数は数え切れない。

 高校に上がって一学年の人数も増えているので、中学の時よりも貰っているようだ。

 遼のバッグを見てみればパンパンになっている。

 本人は女子とこれ以上関わりたくないと思っているのに容姿がそうはさせない。

 

「俺にどうしろと、諦めて受け入れろ」

「......こんなに食べたら太るって」

「全部食べるのか?」

「いや、申し訳ないけど比較的よく話してる人から貰ったやつだけ食べる。それ以外のチョコはあんまり信用できない」

「信用できない?」

「色々あるんだよ......もういい」


 そう言う遼の顔は完全に憔悴しきっている。

 おそらく朝からずっとこんな調子なのだろう。


「お、大園くん、ちょ、ちょっと良いかな?」

「ん、どうした?」


 そうして話しているとまた一つ、遼のチョコが増える。

 ただ、自身の気持ちを全面に出した表情を柚衣以外には見せようとしない。

 故に王子様としての格は衰えることなく上がっていくのだ。


「思ったけど遼が怖がらずに喋れる女子っているのか?」

「そうだな。ボディタッチは流石に無理だけど、話す程度なら恐怖は感じない人たちなら何人か。だからその人たちから貰ったチョコは食べるし、ホワイトデーはお返しする」

「他の人たちは?」

「手作りは......たまに異物入ってるから怖いんだよ。そうなったら流石に捨てる。後は市販のやつだったらゆっくり食べていこうかな。今月はもうお菓子買わなくていいな、うん」


 バレンタインは女子から男子に渡す風潮があるが、男子から男子に渡すのも珍しくない。

 事実、柚衣も遼と遠藤から一つもらっている。

 遼に関しては毎年恒例なのだが遠藤からはまさか貰えるとは思っていなかったのでお返しを考えなければならない。

 故に友情の証のようなものでもある。


「あ、一応言っとくけどチョコのお返しいらないからな。いつかジュースでも奢っておくれ」

「分かってる、そんなに貰ってたらいらないわな」


 柚衣の貰ったバレンタインチョコは遼と遠藤を除いてゼロ。

 

 (......そういえば琴美から貰ってない)


 もし琴美から貰えるのなら貰いたいと思っているのは恋愛感情があるからだろうか。

 それ以外にも純粋に琴美の作ったチョコやお菓子を食べたいというのもある。

 ただ、あげる側は琴美なので望みすぎるのもあまり良くない。

 故に希望で留めておく。

 

「柚衣は例の人から貰ったのか?」


 例の人とは琴美のことを指しているのだろう。


「貰ってない、貰えたら良いかなくらい」

「ふーん......ちなみに淡々としてるけどぶっちゃけどうなの? 好きなの?」

「......別に、友達としては好きだけど」


 そう言われて一瞬、柚衣は固まってしまう。

 しかし平然を装って琴美には友達に対する友情のような感情を抱いているだけだと説明する。

 遼は疑うような目で柚衣を見たものの、それ以上追求することはなかった。


 ***


「柚衣くん、今日は何の日か知っていますか?」


 放課後、柚衣の家にて琴美はそんなことを聞く。

 突然聞かれて少々困惑する。

 しかしバレンタイン以外に思い浮かばなかったのでバレンタインだと素直に言う。


「バレンタイン......?」

「はい、そうです、というわけでバレンタインチョコクッキーです」


 そして柚衣はいきなりチョコクッキーが入った中が見える小袋を渡される。

 貰えたら良いなとは思っていたものの、実際に貰えない可能性もあったので素直に嬉しい。

 おそらく手作りだろう、見るからに美味しそうだ。


「ありがとう、手作り?」

「そうですね、折角ですし、頑張って作りました......あ、ちなみにですけど、ぎ、義理ですからね......義理」

「あー、うん......分かってる」


 義理チョコならぬ義理クッキーだということは分かっている。

 しかしそこまで義理を強調されると心に来るものがある。


「えっと、で、でも......義理でも男性の人に渡すのは初めてです」

「そ、そっか」

「......は、はい」


 今まで異性に渡したことがなくても柚衣だから渡した。

 特別な存在だと言われているようで胸がだんだんと早くなっていく。

 

 結果、微妙に気まずい空気感が出来てしまう。


「た、食べてみてもいい?」

「どうぞ......上手にできたか分からないので感想もお願いします」


 柚衣は中のクッキーを取り出すために縛ってあるワイヤー入りのカラータイを解く。

 そしてチョコクッキーを口に運ぶ。


 やはり琴美の作ったものは美味しい。

 口に入れた瞬間にまずチョコの甘みが広がる。

 それがクッキーの香ばしさや食感と上手くマッチしていて流石と言ったところだ。


「やっぱり美味いな。店開けるんじゃないか?」

「良かったです......作って良かった」


 このまま食べ進めたいところだが残りは後で楽しむことにしよう。

 ホワイトデーのお返しのハードルが高くなっている。

 手作りで返したいところだが琴美の口に合うものを作れるかどうか。


「バレンタイン関係なく色々と作って欲しいものがあったら言ってくださいね」

「それはなんか悪い」

「いいですよ別に」


 こちらとしても相手の時間を奪うことになるので申し訳なさを感じてしまう。

 食べさせてもらう側なのだから要望までつけてしまうのには抵抗がある。

 ただ、琴美は料理が心の底から好きだ。故に様々な料理に手をつけたいとも思っているだろう。

 だからきっかけやネタの提供という形で希望を口にする程度だったら良いのかもしれない。


「......こんなことをするのは柚衣くんだけですからね」


 琴美は何かをボソッと呟いて、柚衣から視線を逸らした。

 

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