第35話 天使様に近寄る危害

「朝早くの学校ってこんな感じなんだな」


 柚衣は朝早くの誰もいない玄関でそんなことを呟く。

 開校時間に合わせて柚衣は来たので学校にはあまり生徒がいない。

 朝練で早く来ている生徒はいるが校舎内にはいないのだ。

 

 柚衣は今朝早起きして日課となりつつある朝ランを行ったのだが、その後家にいるのが暇になった。

 故に早く学校に来てみたのだがいつもは見ることができない新鮮な光景だ。

 いつも柚衣は遅くに登校しているのでこのような光景を見ることがない。


 当たり前のことだが早寝早起きは良いなと柚衣は実感する。

 昔は寝起きの頭でぼーっとしながら下駄箱を開けていたのだが、最近は意識がはっきりとしている。

 少しずつだが着実に変われている。

 

 日々、琴美に対する恋心は大きくなっている。

 琴美と話すだけでも特別な存在でありたい、もっと側にいたいという気持ちは強くなっていく。

 先日の一件も、柚衣がもっと頼れるような存在であれば琴美が一人で抱え込もうとすることはなかった。

 だからもっと頑張らなければならないと柚衣は考えている、今のままではダメだから。


「おっはよ〜」

「あ、おはよ」


 柚衣が下駄箱から靴を取り出そうとすると聞き覚えのある声が聞こえてくる。

 聞くだけで少し怒りが湧いてくる声。

 言いたいことは山ほどあるが言ったところでなのでそれを堪えて無視しようとする。

 ただ、どうやら陰口を言わないと気が済まないらしい。

 

「二人で何話してたの?」

「いや......さ、やっぱり天使様見ててうざいんだよね」

「またその話? あんなやつ放っておけば......」

「だからさ、いたずらしちゃおっかなって」


 柚衣は教室に行くふりをして廊下にある柱の裏に隠れる。

 そしてスマホを取り出してボイスレコーダーで録音を始めた。

 

 (......どうにも嫌な予感しかしない)


「いたずら?」

「そうそう、実は画鋲を大量に持ってきたんだけどさ......それ下駄箱に撒けてやろうかなって」

「うっわ、やっば! でもいいかも、あいつの顔見てみたいわ」

「でしょでしょ、天使様には一回挫折を味わってもらわないとね〜」


 やろうとしているのはイタズラではなくただのいじめ。

 当の本人はイタズラだと思っているようだが誰がどうみてもただのいじめ。

 どうしてこうも天使様に執着するのだろうか。

 

 声がきちんと録音されていることを確認して、柚衣は三人の元へ行く。


「何してるんだ?」

「あ、え......!?」


 柚衣が三人の元へ行くと一人が手に持っていた画鋲が入った小箱を反射的に後ろに隠す。

 ただ、録音してあるので隠しても無駄だ。


「ていうか誰よ? 何? 私たちになんか用?」


 一瞬、怖気付いたようだがすぐさま一人が柚衣に突っかかる。

 柚衣は無言で録音してあった先程の会話を流した。

 するとみるみる内に三人の顔が青ざめていく。


「これ、イタズラじゃなくていじめだろ」

「は、はあ? 何よ、ちょっとした出来心じゃない」

「そ、そうそう、だよね〜」


 一旦引くことを考えたのか柚衣を通り過ぎてその場を離れようとする。

 しかし柚衣は三人の前に立ってそれを止める。

 このままでは性懲りも無くまた琴美に対してイタズラという名のいじめに該当する行為をしようとする。

 だから少し強い脅しが必要だ。


「そこどいて......」

「お前ら、確か遼と仲良かったよな」

「......何が言いたいのよ。先生にでも言ったらいいじゃない。私たちはやってないからお咎めなしだけど」

「この録音、遼が聞いたらどうなると思う?」

「......ぷっ、何を言うかと思えばそんなこと出来るの? 


 そう言うと画鋲を撒けることを提案した一人が鼻で笑った。

 しかし他の二人は青ざめた顔のまま。


「ね、ねえ、こ、この子って花沢じゃない?」

「花沢?」

「ほら、遼くんと幼馴染で仲が良いっていう......」

「......え? 嘘でしょ」


 小声で話しているようだが全部聞こえている。

 やはりこの三人は遼に気があるようだ。

 こんな人たちに好意を抱かれていること自体が可哀想だ。


「ご、ごめん、このことは遼に黙っててよ! お願いだから!」


 手のひら返しがあまりにも早いので柚衣は少し笑ってしまう。

 このことを実際に遼に言うかは置いておいて、この場ではそれで片付けておこう。


「無理、遼をこんな人たちに近づけさせたくねえよ」


 柚衣はそう言い放ち、三人をおいて自身の教室へと向かった。


 ***


「琴美、なんかあったら言えよ......ま、守るから」


 柚衣は恥ずかしながら琴美にそんなことを言う。


 正直、朝の録音を遼に聴かせるかどうか迷った。

 しかし聞かせないことにした。

 遼はまず先に自分を責めようとする癖があるので自己嫌悪に陥ってしまうと考えたからだ。

 それに女子の裏が入っているので遼の女性不信に拍車をかけてしまう可能性がある。

 

 さらに三人が遼に嫌われたからもうどうでも良いという状態になる可能性がなきにしもあらず。

 そうなれば琴美に危害が加わることになる。

 だからいつでも報告できるという切り札を持っている方が良いと判断した。

 今度琴美に危害を加えたら容赦無く遼に録音を聞かせるつもりだ。

 

「急にどうしたのですか?」

「い、いや、何でもない」


 後から羞恥が大きな波となって押し寄せてきたので柚衣はそれ以上何も言わなかった。

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