第34話 居場所でありたい

「なんだか柚衣くんといると時間が経つのが早いです」


 どこかぎこちない笑顔を浮かべながら琴美はそう言う。

 放課後、約束通り柚衣の家にて琴美と柚衣は二人で遊んでいた。

 しかし今日の琴美はぎこちない雰囲気で本来の自分の気持ちを装っていることが明らかにわかる。

 理由はもちろん明白であの陰口が琴美の心を抉ったのだ。

 

 あんなことを言われれば誰だってへこむ。

 ただ、柚衣に頼ろうとしないで一人で抱え込もうとしている。

 それは柚衣が琴美の居場所に慣れていないことを意味するので不甲斐なさを痛感するばかり。

 

 (......別に甘えても良いって言ったのに)


「なあ、琴美」


 気づけば柚衣の体は勝手に動いていた。

 琴美を支えたかったから、琴美の居場所になりたかったから、前を向かせてくれたのは琴美だったから。

 

 これは前回のお返しでもあるのだ。

 柚衣は自分が何をしているか自覚している。

 けれども先にやったのは琴美の方だ。


「ゆ、柚衣くん......!? あ、あの......」

「前のお返し、嫌なら離れていい」

「い、嫌ではない......です」


 琴美はそう言って体の硬直を解き、柚衣のハグを受け入れる。

 ここでただ寄り添うだけの選択を取ってもいい。

 しかしそれは一時的なもので傷を隠しているだけに過ぎなくなる。

 だから柚衣がすべきことは琴美自身との会話。


「せめてもの元気付け......あんなこと言われれば誰だって傷つくよな」

「それは......な、慣れていますから」

「嘘つけ、自分に言い聞かせてるだけだろ?」

「......はい、正直辛いです」


 琴美が肩を震わせているのがわかる。

 表情は見えないがおそらく泣いているのだろう。


「なんでそんなことを言われなければならないんだって、なんで誰も私の苦労を認めてくれないんだろうって.......思っています」

「......そうだよな」

「でもしょうがないことです。昔からそうでしたから。受け入れるしかないんです」


 天瀬 琴美という一人の人の胸の内。

 まだ十六歳、十六年の人生しか歩んできていない。

 それなのにも関わらず天使様としての仮面を被らされて素を見せられない環境で生きてきた。

 故に琴美は誰にも近づくことができずにより偶像化されて孤独を強いられてきた。

 みんな琴美の苦悩、苦労を知らない、誰も努力を見てくれる人はいない。

 それどころか誰も琴美自身を見てくれる人はいない。

 

 (俺はもっと琴美のことを知りたい......琴美自身のことを見たい)


「おかしい......ですね、なぜ私は泣いているのでしょうか? ごめん.....なさい、今まで泣いたことなんてなかったのに」


 柚衣は琴美の頭を優しく撫でる。

 そして言葉をかける。

 今まで支えてくれたから、過去から前を向かせてくれたから今度は柚衣の番。


「別に泣いても良いんだよ、言っただろ? 素でいていいって。俺は天使様じゃなくて琴美自身のことを知ってる。琴美が頑張っているのも知ってる。琴美は優しくて妹思いな姉で、頑張り屋さんで、ちょっぴり天然で、からかい上手で、友達にすぐに手を差し伸べられる暖かい人で、お淑やかだけどなんだかんだ言って年相応の少女だってことを知ってる」

「っ......柚衣くん......」

「俺は琴美の努力を認めてるし、苦悩も知ってる。俺はずっと琴美の側にいるからさ」


 柚衣が好きになったのは天使様ではなく琴美だ。

 しばらく抱き締めていると落ち着いたのか琴美は柚衣から離れる。


「......ふふ、さっきのセリフ、なんだか告白みたいですね」

「なっ......べ、別にそんなんじゃ......」

「知っていますよ。でも元気は出ました。柚衣くんは......私のことを見てくれていたのですね」


 琴美の目は少し赤くなっていたが、柚衣に笑顔を向ける。

 その笑顔はいつもの何倍も可愛く感じられた。


「そういえばさ、琴美はなんでそんなに頑張っているんだ? ......確かに頑張るのは良いけど、頑張りすぎというか」


 柚衣はこの際ずっと疑問に思っていたことを琴美に問う。

 ずっと努力し続けることはそれなりの決意や目標がなければ難しいことだ。

 しかし琴美はずっと頑張ってきていて、時折危うさを感じる時がある。

 

 天使様としてのレッテルを貼られて努力を強制させられているというより自主的にやっているから疑問なのだ。

 

「昔の名残......でしょうか。私には二つ上の兄がいて、その兄はどの点においても完璧で優秀な人でした」


 琴美はとつとつと話し始める。


「みんなから人気で期待されていて、常に期待以上の結果を出してきていました。だから妹である私もそんな兄の姿に憧れて兄に追いつこうとしたんです。でも蓋を開けてみれば兄のようには全然できなくて......親からは琴美は琴美だからと言われたのですが、どこか落胆の目をしていました。それでも諦めきれなくてせめて兄と同じ高校に行こうと勉強に励みましたが、結果は失敗。だから諦めてこの地元の高校に来たんです」


 だから頑張っているのかと柚衣は納得する。

 今の琴美が優秀である分、兄がどれだけの人物なのか想像もつかない。

 

「けど......頑張るのはもう程々にします。今は柚衣くんと一緒にいられたらそれでいいですから。兄のようになりたいとも思いません、柚衣くんは私自身のことを見てくれていますから私は私でいいです」


 キッパリと言い切る琴美の顔は明るく、割り切った表情をしている。

 柚衣はそんな琴美を見て安堵する。


「それに......専念したいことが一つできたので」


 言葉の真意は分からなかったが、そんな琴美の笑顔は柚衣の顔を赤くさせていた。

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