第33話 情けない自分が嫌い
「琴美、それ半分持とうか?」
放課後、柚衣は大量のプリントを抱えて廊下を歩いている琴美を見かけたので声をかける。
バッグも肩にかけていてかなり重そうだ。
琴美は先生からの信頼も厚いため、雑用係として手伝わされたと言ったところだろうか。
他の生徒たちはもうすでに帰るか、部活の練習を始めている。
なので校舎内にあまり生徒はいない。
柚衣はというと遼が忘れ物をしていたことに気づいたのでわざわざ体育館まで行って届けに行っていた。
忘れ物というのがタオルだったので流石に必要だろうと届けてあげたのだ。
故に帰りが遅くなってしまった。
「あ、柚衣くん、私は別に大丈夫ですよ」
「......先生に任されたのか?」
「そうですね、最初は先生がこれを持っていたのですが校舎内で悪ふざけを働いていた人がいたので指導しに行く必要がありまして。なのでその先生の近くにいた私に任されてしまいました」
琴美はそう言って苦笑いをする。
なんとも不運な話だ。
それならば二人で持った方が早く終わる。
「それやっぱり持とうか? 顔からして重そうにしてるぞ」
「では......お願いします」
柚衣は琴美からプリントの束を半分受け取る。
そしてついでに琴美のバッグも持つ。
「やはり柚衣くんは優しい方ですね。ありがとうございます」
まじまじと褒められてしまうと流石に顔が熱くなってしまうので柚衣は琴美から目を逸らす。
しかし柚衣としては優しいと言われるほどの行為をした訳ではない。
ただの気遣いであって、これくらいであれば誰でもするようなことだと思っている。
優しい人とは自分より他人優先で相手のことをよく見て気遣うような人ではないだろうか。
柚衣が優しい人であれば琴美をもっと支えられたような気もするし琴美をわかってやれた気がする。
「優しいって言葉なんだか俺に似合わない気がするんだが」
「いいえ、柚衣くんは優しい人ですよ。こういう気遣いができる人は案外少ないですから」
「......そういうもんか」
素直に琴美からの褒め言葉を受け取っておく。
そうして話を終わらせないと気恥ずかしく居た堪れない気持ちになりそうだったからだ。
柚衣は話を変えるため、いつもメールで聞いていることをついでに聞いておく。
「今日は家来るのか?」
「華燐は友達の家に遊びに行くみたいです」
「そっか、それなら今日は......」
「で、ですが......わ、私一人で柚衣くんの家に遊びに行ってもいいですか?」
思えば柚衣の家で二人で遊んだことはない。
琴美の家では二人で勉強したが遊びには入らないだろう。
それに好きになる前と後では二人で遊ぶことへの重みがだいぶ異なる。
柚衣が色々と考え事をしていると琴美が発言を撤回しようとする。
「ごめんなさい。やっぱり今のは......」
「いや、全然いい。またあのゲームしてもいいし、とにかく琴美が来てくれるなら嬉しい」
柚衣は目を逸らしながらもそう言い切る。
琴美と一緒にいて楽しくない訳がない。
そもそも柚衣の今の人生の一部に琴美との時間が入り込んでいる。
「わかりました。ではいつもの時間に伺いますね」
琴美は可憐な笑みを浮かべる。
思わず柚衣も口角を上げてしまう。
なぜ琴美の笑顔を見るだけで心が満たされてしまうのだろうか。
話をしながらしばらく廊下を歩いていると柚衣の目に三人の女子生徒が映る。
柚衣はその姿に見覚えがあった。
なぜなら嘘告の時に言いたい放題言ってくれた人たちだったからだ。
一瞬足が止まりそうになるが過去のことでもう終わっている。
千郷との関係も過去になった今、あの嘘告も過去の出来事。
気にする必要は無いと思い、柚衣は琴美との話を続ける。
しかしその三人が話す内容は嫌でも耳に入り、気にせざるを得ないような内容だった。
「話変わるけど天瀬ってなんかうざくない?」
「わかるわかる、天使様とかって言われて可愛いってだけでチヤホヤされちゃってさ」
「最近、私たちの遼くんにも近づいてるし本当何様だよって感じ」
前にいる三人は後ろにいる二人に気付かずに琴美に関する悪口を言う。
幸いなのが千郷があの場におらず悪口を言っていないことだろうか。
だからこそ純粋な怒りだけが心の底から湧いてくる。
「あれどうせ中身はブスでしょ」
「私たちの方が絶対性格良いのに、私たちめっちゃ頑張ってるのに何にもしないで遼くんに近づけるとかないわ」
「生まれ持ったってだけで苦労とか知らなさそうだよね」
「先生からも好かれてるらしいけどどうせ媚び売ってんでしょ」
「はっきり言ってうざいよね、いるだけ邪魔」
発せられる罵詈雑言の数々。
なぜ、なぜ琴美がここまで言われなければならないのだろうか。
琴美だって本当は友達を作って普通の青春を送りたいはずだ。
だって柚衣に見せている素は天使様とはかけ離れている年相応の少女だから。
琴美の努力も苦悩も何も知らないのにどうしてこんなことがいえるのか。
柚衣は怒りに支配され、三人の元へ行こうとする。
しかし琴美は声を震わせながらもそれを止める。
「柚衣くん」
我に帰り、浅はかな行為だったと柚衣は自覚する。
ただ単に怒りに任せて三人に話しかけたところで何になるのだろうか。
何もできないし、何も解決しない。むしろ悪化するかもしれない。
「慣れていますから」
そう言って力無く琴美は笑う。
こういう場面で何もしてあげられないことに柚衣の自身に対する嫌悪感は強まるばかりだった。
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