第46話 それずるくないですか
「柚衣くん、今日一緒に帰りませんか?」
金曜日の放課後、柚衣は琴美に一緒に帰ろうと提案される。
一度断ったので柚衣を気遣ってのものだろうか。
柚衣としては断る理由もないし、むしろ一緒に帰りたい。
故に二つ返事で承諾する。
「ん、そうだな」
「よかった、寄り道したいところがあったので一緒に行きたいなと」
「寄り道したいところ?」
「その......柚衣くんと一緒にゲームセンターに行きたいなって」
琴美がゲームセンターへ行きたいと言い出すとは意外だ。
あまりそういうものに興味がなかったはずなので少し驚いてしまう。
「ゲームセンターか。そりゃあ俺も琴美と行けたら行きたいなとか思ってたけど......急にどうしたんだ?」
「カップルが......いえ、何でもないです、内緒です。急に行きたくなったんです」
突然、琴美が顔を赤くし始めるので柚衣は困惑してしまう。
まずいことを言った訳でもなければ何かした訳でもない。
ただ、追求しても話を逸らされる未来が見えるので特に柚衣も追求しない。
「寄っても良いですか?」
柚衣と行きたい、などと言われてしまえば断ろうにも断れない。
もちろん、始めからさらさら断る気もない。
とはいえ帰りが遅くなるという懸念点はある。
近くにあるゲームセンターは琴美の帰り道とは反対方向に位置している。
大丈夫だろうが一応そのことを確認しておこうと柚衣は琴美に聞く。
「帰り遅くなるけど大丈夫か? あ、もちろん送ってくから心配はしなくていいけど......親とか」
「そのことなら大丈夫です。門限は十九時までですし、帰りはいつもより遅くなるかもと伝えてあります」
「わかった、じゃあゲーセン行くか」
「はい! 楽しみです」
そうして話をしながらゲームセンターへと向かう。
今まであまり話していなかったからか、いつもよりも話が弾んだ。
春休み何をしていたか、新しいクラスの話、勉学の話など。
何気ない会話だが琴美と話しているから特別なものになるのだと改めて再認識させられる。
「ゲームセンターとか久しぶりだ」
「私も久しぶりです。最後に華燐と行ったのは一年くらい前なので」
しばらく歩き、ゲームセンターへと到着した。
中に入ると平日なので賑わってはいないが同じく学生や大学生くらいの人たちがちらほらと見える。
「最初何からする?」
「私、あれやりたいです」
琴美はクレーンゲームを指差した。
その中でもぬいぐるみの景品が置かれたものを選ぶ。
華燐にあげるのか、自分の部屋に飾るのか分からないがどちらにせよ可愛らしいチョイスだと柚衣は思う。
一回百円のゲームらしく、琴美は何個か百円玉を入れてレバーを操作する。
しかしクレーンゲームはあくまでも娯楽。
本気で取ろうと思っても数回で取ることは難しい。
「......難しいです」
「そういう遊びだしな」
眉をひそめて台と真剣に向き合っている琴美を見て柚衣は笑ってしまう。
あまり普段見ることのない表情だ。
ただ、そんな柚衣の様子を見て琴美は口を少し尖らせる。
(子供っぽくて可愛いというか......そういう面もあるんだな)
もちろん年相応の少女であることは理解しているが普段の様子はお淑やかで佇まいが上品。
ギャップを感じてしまい、口角が上がりそうになったが怒られそうな気がしたのでそれを抑える。
「柚衣くんがやってみてください」
「俺? ......多分取れないぞ」
今までただの遊びだと思って景品を取ろうと考えたことがなかったのでコツも知らない。
それにクレーンゲーム自体をあまりしたことがない。
とはいえ頼まれた以上はやってみようと財布から百円玉を取り出して入れる。
レバーを動かし、アームをぬいぐるみの真上のほんの少しだけ右に設置する。
クレーンゲームで景品を掴んでも取り出し口へ落ちる前に景品が落下してしまう。
だからアームにぬいぐるみのタグを引っ掛けてみようという魂胆だ。
微調整を終え、ボタンを押す。
するとタグが見事にアームに引っ掛かり景品取り出し口へとぬいぐるみが落ちた。
「それずるくないですか」
景品を取り出している最中、そんな言葉を投げかけられて体を一瞬震わせる。
柚衣も正直卑怯ではないかと思っていたが、ずるではないだろう。
琴美も本気でずるだとはおそらく思っていない。
しかし言い返せはしないのでぬいぐるみを琴美に押し付けるように渡す。
「......いいんですか? 貰っても」
「ぬいぐるみいらないし、琴美が欲しいんだったらどうぞ」
「では、ありがたくもらいます。大切にしますね」
琴美はぬいぐるみを抱き抱えて屈託のない笑みを浮かべた。
しばらくゲームセンターで遊んでいれば、来てから一時間経っていた。
そろそろ帰ろうと柚衣と琴美はゲームセンターを後にしようとする。
「時間も時間だし、そろそろ帰る?」
「そうですね。また一緒に来ませんか?」
「だな、楽しかった」
そんな会話をしながら歩いていると、見覚えのある顔が柚衣の目に映る。
すると、こちら側の存在にも気づいたようでその人物は目を見開く。
「皐月さん、こんにちは」
「琴美ちゃん......と、あとは花沢くんだっけ......?」
琴美と柚衣が一緒にいることに対して不思議に思ったのか皆川は訝しげな目でこちらを見る。
それもそうだよなと思いつつ、柚衣は軽く会釈する。
「......あなたたち付き合ってるの?」
「い、いえ、付き合ってないです。ただの友達です」
「ふーん、そっか......あ、邪魔するのも悪いし、じゃあまた明日ね」
「はい、さようなら」
皆川はそう言って去っていった。
「仲良いのか?」
「はい、フレンドリーな方なので接しやすいです」
皆川はそもそものコミュニケーション能力が高いのだろう。
まだ数日しか経ってないがもうクラスに馴染みきっている気がする。
柚衣は琴美と話をしながら琴美を家へと送り届けた。
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