第47話 おやすみ電話
『今から電話をかけてもいいですか?』
就寝前、ベッドに潜ってスマホを触っているとメールが飛んでくる。
送り主は琴美でメッセージの内容に柚衣は少し驚く。
今までこういったメールが送られてくることはなかったので何か相談事でもあるのかと不安になる。
柚衣が了承のメールを送るとすぐに電話がかかってきた。
「もしもし」
「すみません、夜分遅くに」
いつもとは若干違う琴美の声が耳のすぐ近くで聞こえてくる。
眠たいのかふにゃふにゃとした声だ。
何となく変な感触がして耳がむず痒い。
「どうしたんだ? 何かあったのか?」
「いえ、なかなか寝付けなかったので柚衣くんと電話しようと思っただけです」
「なるほど、寝れそうになるまで付き合う」
「ふふ、ありがとうございます......何だか変な感じですね」
「......だな」
耳の真横で琴美の声が聞こえてくるので心臓はいつも以上に動いている。
そのせいか言葉がスラスラと出ない。
とはいえ何か話をするために話題を考えていると琴美から話をされる。
「あと一週間頑張ればやっと一息つけそうです」
「たしかに、もうすぐゴールデンウィークだしやっと休める」
学校が始まってもう数週間が経過した。
最初は勉強についていくのに少々苦労したが日頃から勉強するようにしたおかげで慣れてきた。
クラスにも去年よりは馴染めていて、充実した学校生活を送れていると思う。
案の定、琴美と接する機会も増えたので柚衣としては嬉しい限りだ。
「まあ、ゴールデンウィーク明けて少ししたら中間だから勉強しないといけないけどな」
「......ですね、とはいえリフレッシュしたいものです。ずっと家にいるのも退屈ですし......柚衣くんもそう思いますよね?」
琴美は自身のした発言に対して共感を誘ってくる。
ゴールデンウィークにどこか一緒に遊びに行きたいということだろう。
「わかった、じゃあどこか一緒に遊びに行くか?」
「約束ですからね......柚衣くんとのお出かけ楽しみです」
次の中間テストはトップ十位を狙うつもりだ。
勉強を習慣化して毎日勉強するようにしているのでこのまま積み重ねれば自信はある。
抜き打ちテストでも高得点を維持できているので日頃の成果が出ている。
故に遊び呆けたり、だらけたりする余裕はない訳だが一日くらいは良いだろう。
それにお互いの家で遊ぶことはあってもどこかへ一緒に出かけたことは数回しかない。
「また勉強会もしません?」
「そうだな、と言っても俺が教えられている気がするんだが」
「別に良いですよ。でも最近、柚衣くん勉強頑張っているようですし、私の指導も必要ないのでは?」
「いや、そんなことない」
もちろん学年一位がいれば頼もしいというのもある。
しかしただ単に琴美と一緒に勉強したいだけという思いの方が強いというのは心の内に秘めておく。
「本当、柚衣くん変わりましたよね。どちらかというとだらけることが多かった人でしょう? 勉強はそれなりにしていなかった覚えがあります」
「恥ずかしながらそうだな。過去の自分はきっと今の俺を見たら驚くだろうな」
ベットで寝っ転がりながら琴美とそんな会話をする。
会話内容はいつもと変わらず、何の意味もない世間話だが特別感が感じられる。
電話越しで距離は離れているのに琴美が近くにいるかのように思えるのは二人きりで喋っているからだろうか。
部屋には誰もいない、琴美も同じだろう。
(いつも喋ってるのに、何というか......)
「......目を瞑って喋れば柚衣くんが隣にいるみたいです」
先ほどより一段とふにゃけた声で琴美はそう言う。
会話が長く続かずに沈黙が訪れる頻度も増えてきたのでそろそろ頃合いだろう。
柚衣は大丈夫だがおそらく琴美の方が眠たい。
「眠そうだけど、そろそろ寝る?」
「いや......です。柚衣くんともう少しお話がしたいです......柚衣くんと話すのは楽しい......ので」
「とは言っても......眠そうだけど」
「......いやです」
承諾すると思い、通話を切る予定だったのだが琴美の方はまだ話がしたいらしい。
珍しく駄々を捏ねている様子から普段の大人びた雰囲気と相反する子供っぽさにギャップを感じてしまう。
琴美は通話を切ることを拒否しているものの、すぐさま言葉とは別に息が聞こえてくる。
「琴美?」
柚衣が話しかけても返事が返ってくることはない。
どうやら寝落ちしてしまったようだ。
眠れないと言っていたが眠ることができたようなのでよかった。
途中から半ば眠っている状態で喋っていたのだろう。
そして訪れる静寂。
電話越しに琴美の寝息が聞こえてくる。
「......柚衣くん」
柚衣もそろそろ寝ようと通話を切ろうとした。
しかし柚衣の名前を不意に呼ばれてドキッとする。
起きているのかと一瞬思ったがそれ以降の言葉がなかったのでどうやら寝言らしい。
「おやすみ」
柚衣はそう言って通話を切った。
通話していた時間は十五分程度。
しかし一時間経っていたかのようにも柚衣には感じられた。
***
「琴美、おはよう」
朝、偶然に下駄箱で琴美と遭遇したので挨拶をする。
琴美は柚衣の方を見る。
しかしすぐに目を逸らされる。
「お、おはようございます」
「昨日はよく眠れた?」
「はい......おかげさまで」
やはり琴美は目を合わせようとしない。
一瞬だけ目が合ってもすぐに逸らされてしまう。
(俺なんかしたっけ......?)
そう思って昨日のことを振り返るも通話しているときは普段の様子だった。
眠さで少しふにゃけた声になり、子供っぽくなっていたがそれ以外特に変わりはない。
結局、その日は琴美と目が合うことはなかった。
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