第11話 友達になりたい

「見てー! お花の冠作ったの〜」


 夕日が差し掛かる公園、いつも通り柚衣は華燐と遊んでいる。

 本日は少々疲れ気味なのか激しく動いていない。しかし華燐は相変わらずの元気さだ。


「華燐は可愛いね」

 

 琴美は上手にできてえらいねという風に華燐の頭を撫でる。

 嬉しそうな笑みを浮かべて華燐は飛び跳ねる。


「お姉ちゃんとお兄ちゃんの分も作ってあげる!」


 そう言い、華燐は再び一人で黙々と花を集め始める。

 

「大きくなってもあの元気な笑顔を振る舞ってほしいものですね」


 琴美は華燐の様子を見ながらそう呟く。

 

 (そういえば姉妹だけど随分と性格違うよな......容姿は似てるけど)


 華燐はいつも笑顔で元気で無邪気だ。

 一方、琴美は物静かで笑っても作り笑いで感情をあまり表に出さない。


「天瀬も昔あんな感じだったのか?」

「いえ、両親からは物静かな子だったと聞いています」


 昔から面白みがない子だったので、と琴美は付け足す。

 

 ただ、この容姿で距離感が近いとそれも困りものだ。

 柚衣は一度身を引いていたかもしれない。


 そう思うと華燐が柚衣くらいの歳になった時の状況が容易に想像できた。


「そういう花沢さんはどのような幼少期時代を過ごしたのですか?」


 琴美は逆に質問し返す。幼少期のことを柚衣は覚えている。

 言いづらいし恥ずかしいが、柚衣は語ることにした。


「結構ヤンチャな方だったと思う......ガキ大将ではないけど」

「例えば?」

「幼稚園の先生に泥団子投げつけて怒らせたり、隣の子の卵焼きを一つこっそり奪ったり......」


 幼少期の柚衣は今からでは考えられない性格をしていた。

 隣の子というのは千郷のことだが、そのことを千郷は知らない。

 

 今千郷に言っても「は? 何言ってるのよ......」と返されると思うので千郷が今後知ることはない。

 小さい頃の思い出なのだが柚衣は覚えている。


「今の性格からは考えられませんね。だいぶ落ち着いていますし想像できません」

「だろ? 小六ぐらいまではそんな感じで元気だったんだけどな......」

「何かあったのですか?」


 柚衣は少々昔を思い出して暗い顔をしていたようですぐさま切り替える。

 そもそもあれは終わったことなのだ。気にする必要はない。

 今の柚衣が形成されたのも中学の頃の出来事のおかげなのである意味感謝さえしている。


「なんでもない......大人にならなきゃなと思って中学からは落ち着くようにしたんだよ」


 落ち着くというより今の琴美のように壁を作ったという表現の方が正しい。

 

 琴美とは仲が深まっているが壁がある以上もう仲が深まることはないだろう。

 向こうの壁は段々薄まっているが元々男女問わず距離を置くようにしている琴美にとってもそちらの方が良いはず。


 必要以上に望まないことによってマイナスが生まれない。

 

 柚衣はそう思っている。


「そうですか」


 琴美もそれ以上追求することはなく話は終わる。

 そしてしばしの沈黙が流れる。


 何か話す話題はないものかと柚衣は考えるが何も思いつかない。

 結果的に特に意味もない会話でも沈黙を脱却できればいいかという結論に至った柚衣はチラリと琴美の方を見る。


 すると少々琴美はいつもとは違い落ち着かない様子だった。寒いのだろうか。


「天瀬......」

「あの......!」


 声をかけようとすれば両者で会話のタイミングが被ってしまう。

 柚衣は先に琴美に譲ることにする。


「お先どうぞ」

「あ、はい......あの! わ、私と......」


 顔はいつもよりも赤くなっている。

 しかし、まっすぐとした瞳で柚衣の方を見つめている。


「私とお友達になってくれま......せんか......」


 最初こそ勢いがあったものの、さらに顔が赤くなっていき声も小声になっていった。

 そして目を俯かせる。


 琴美の言葉と仕草に柚衣の胸は忙しなく動き始めることになる。

 このドキドキは恐怖なのか期待なのか。

 

 本心では琴美と友達になりたい。

 ただ傷つくのが怖いというのもまた本心。

 琴美がそんな人ではないこともわかっている、わかっているがどうしても殻から抜け出せない。


「ダメ......ですか? ......ごめんなさい。今のはやっぱり忘れてください」


 変化がないというのはマイナスやプラスが少ない分つまらない。

 柚衣はつまらない人生を貫き通そうとしてきた。


 ただ、琴美は温かい。一緒にいて落ち着くし、拒まなかったのも琴美だったからだ。

 琴美の素はあまり知らないが妹思いで礼儀正しく温かいということはわかる。


 自分の気持ちに従ってみるならここで柚衣が言うべきことは一つ。


「いや、俺も天瀬と友達になりたい。だから友達に......なるか」

「っ......はい!」


 このままつまらない人生を送るより琴美と友達になるのも良いかもしれない。

 

 胸のドキドキは収まり、代わりに気持ちは晴れやかになった。


「......で、友達って何するんだろ」

「たしかに......そうですね。友達と呼べる存在は過去にあまりいないのでわからないです」


 お互いに友達がどういうものなのかわからない。

 

 再び訪れる沈黙。思わず柚衣は笑ってしまう。


「いつも通りでいいか」

「そうですね、変に意識してもぎこちなくなってしまいますからね」


 そして二人でいつも通り話していると花の冠を作り終えた華燐がやってくる。

 かなり上手にできていて色とりどりだ。思わず柚衣は感心してしまう。


「これお姉ちゃんにあげるー!」

「ありがとう、上手くできたね」

「お兄ちゃんにも〜」

「ありがと、つけてもいい?」

「いいよ! つけてつけて!」


 琴美と柚衣は華燐の作った花冠をつける。

 鏡がないので確認できないが相手の方は確認できる。


 琴美と柚衣はお互いに見合った。


 予想はしていたもののいつもより琴美は光り輝いている。

 天使様というよりこれでは女神様だ。


 琴美の輝きで気づかなかったが、時刻はすでに五時で辺りは暗くなり始めていた。

 ハッとした柚衣は琴美に声をかける。


「時間も時間だしそろそろ帰る?」

「そうですね。華燐、そろそろ帰ろっか」

「うん!」


 華燐の返事はいつもよりも無邪気で元気なものに聞こえた。

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