第12話 犯した過ち

「天使様......ね」


 昼休み、図書館にて千郷は本を選んでいる琴美を見かける。

 その佇まいは上品で遠目で見ても美しい。


 (あいつ、あの子のこと好きなのかな......って何考えてんのよ)


 頭に柚衣の姿がよぎったが、千郷はすぐに振り払う。

 別に嫉妬などではなくただの好奇心。千郷は琴美に話しかける。


「このシリーズ好きなの?」

「え? あ、はい。西宮さんも好きなんですか?」


 突然話しかけられたからか琴美は少々驚いた顔をする。

 しかし千郷の顔に見覚えがあったのか名前まで琴美は覚えていた。


「名前覚えててくれたんだ。うん、私も好きなんだよね。心情描写が的確に描かれているっていうか......」

「わかります。それに悪役でもそれなりの過去があるので嫌いになりきれないんですよね」

「なんか天瀬さんとは気が合いそう。良かったらあっちで語り合わない?」


 千郷は廊下の途中にある休憩スペースを指差す。

 食堂が混んでいる時によく使われる場所だ。

 自販機もあるし、温度も調整されていて快適なので話すにはうってつけの場所だ。


「良いですよ」


 琴美は天使様スマイルを浮かべる。

 相変わらず眩しいことだ。


 普段なら千郷も琴美と話すことはない。

 眩しすぎて近寄りがたいからというのが本音である。

 男子はアタックしているみたいだが一蹴されている。女子の間では琴美に対して嫉妬し、嫌っている人が多い。

 故に自分を守るためか琴美自身も壁を作っている。


 千郷は琴美を別に嫌ってもないし好きでもない。そもそも興味が無いわけだ。

 しかし柚衣と仲が良いので少々気になって話してみたいという思いがあった。


「特にあのシーンは感動しました......」

「だよね、わかるわかる」


 気づけば千郷は目的を忘れて普通に琴美と会話をしていた。

 話してみると会話上手で話ぶりから善人だとわかる。

 温かいオーラも滲み出ていて包まれかけている。

 

 しばらく話して目的を思い出した千郷は琴美に柚衣との関係をさらっと聞いてみることにする。


「そういえば話は変わるけど、天瀬さんって柚衣くんと仲良いよね」


 そう言うと琴美はいつもとは違う微笑みを浮かべる。

 天使様と素の笑みが混じったような表情。


「はい、花沢さんとはお友達なので」

「お友達......」


 千郷は自身の胸が締め付けられるのを感じる。

 

 (嫉妬......じゃないよね。そんなわけ無い、そんなはずない)


 けれどもそのお友達に現在幼馴染は負けている。

 千郷は前に一緒に昼食を食べないかと誘ってみたが、先客がいるからと断られていた。


 その一方で琴美と柚衣が食べるところは見かけている。


「花沢さんと西宮さんは親しそうですけど、どのような関係なのですか? 西宮さんは花沢さんに対して下の名前で呼んでいますし」

「昔からの幼馴染。親同士で元々仲良くて結局今の今まで付き合いがあるの」

「なるほど、お付き合いはされていないのですか?」


 琴美は一切の表情を変えずにそう聞く。

 雰囲気からして付き合っていないことはわかるだろうが確認といったところだろう。


 しかし千郷の胸を跳ね上がらせるのには十分だった。


「う、ううん、付き合ってない付き合ってない」


 (付き合ってないし、そもそもあんな奴......)


 好きではないと言い切れる。ただ意識していないとは言い切れない自分がいる。

 頭ごなしに否定しても考える度に胸は早く波打つ。


 その鼓動によって千郷は好きではないと言い切れなくなってしまう。

 

 ただ、千郷は一つ何かに引っかかった。


「西宮さん、どうしましたか?」


 少し考え込んでいて黙っていた千郷は琴美に声をかけられて現実に戻る。

 

「ああ、ごめん、何でもない。とにかく柚衣くんとは付き合ってないしこれからも付き合わないかな」


 千郷はここでようやく気づく。自身の犯した過ちに。

 

 (もしゆっくんの好きが本気なんだったら......私......)


 途端に罪悪感に支配される。

 柚衣の好きが本気なのだとすればそれは本人の気持ちを大いに踏み躙ったことになる。

 騙されたことに怒っているのではなく踏み躙られたことに怒っているなら千郷が柚衣に想いを寄せる資格はない。


 仮定の話でも可能性としてはあり得る。

 それにそうでなくとも柚衣が了承したのだから柚衣の気持ちを踏み躙ったことには変わりない。


 因果応報。


 まさしく今の自分にピッタリな言葉だと千郷は思う。

 嘘告された方は当たり前のことだが嘘告した方に冷めるし幻滅する。


 それでも柚衣が自分を幼馴染と認めてくれるのは柚衣の優しさ故だとようやく理解する。

 今はそんな柚衣の優しさに付け入っている状態。


「......ごめん、ちょっと気分優れないから保健室行ってくる」

「は、はい......大丈夫ですか? 付き添いましょうか?」

「ううん、平気平気」


 琴美は心配そうな目で見つめている。

 そんな天使様に程遠い存在なのだと理解する。


 保健室とは反対方向に千郷は歩き出す。

 誰もいないどこか、一人になれる場所へと。


 千郷がこれからやらなければならないことは柚衣と必要以上に関わらないこと。

 絡んでも柚衣の優しさに甘えるだけで迷惑だと考える。


 千郷は気づくのが遅すぎた。人の気持ちをもう少し考えるべきだった。

 

 嘘告する前に戻れるのなら戻りたい。

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