第51話 迷いと葛藤

「柚衣くん、テストの順位表が掲示されているらしいですし一緒に見に行きませんか?」


 昼休み、昼食を食べ終えて教室へ戻ろうとすると柚衣は琴美にそう提案される。


 今日は中間テストの順位が張り出される日だ。

 朝からずっと柚衣は緊張していた。

 あまり期待しすぎるのもダメだった時のショックが大きいので良くないのだがそれでも気になる。


「そうだな」


 自分の努力がどれだけ通用するのだろうか。

 もし十位以内に入っていないならもう少し勉強の量を増やさなければならない。

 入っていても気を抜かないように勉強はするつもりだが今回の勉強量が目安になるだろう。

 さらに何より自分に自信がつくような気がする。


「少し緊張してますか?」

「まあな、総合十位を目標にして頑張ってきたけど今まで入ったこともないから不安が大きい......一応、点数はかなり良かったし自信がない訳じゃないけど。琴美の方は今回も一位の自信はあるのか?」

「はい、自己採点通りの点数でかなり良かったので。二年生最初のテストで良いスタートを切れました」


 そんな会話をしながら廊下を歩いていくと、教室前の廊下の窓に順位表が貼られているのを確認する。

 柚衣と琴美は順位表をそれぞれ見ていく。


 ひとまず柚衣は総合の一位の名前を確認するが、やはり琴美の名前が記されている。

 相変わらずキープしているなと思いながら、心の準備ができた柚衣は各教科ごとに順位を見ていく。


 (八位、五位、七位......これは......)


 見れば、一教科だけランキング漏れしてしまったがそれ以外の教科ではしっかりとトップ十位に入っていた。

 

 最後に総合順位の方を見れば七位の部分に柚衣の名前が書かれている。

 それを見た途端、心から嬉しみがこみ上げてきた。


「良かったですね、柚衣くんの名前載っていますよ」

「だな、努力の成果が出て良かった......琴美の方も一位おめでとう」

「ふふ、ありがとうございます」


 自分の努力が認められた。

 そう思うと嬉しい気持ちがより溢れ出てしまう。


「そう言えば柚衣くんってそんなにまめに勉強する性格ではなかったでしょう? どちらかというと課題などの必要な分だけするタイプだった気がするのですが......何かきっかけでもあるのですか?」


 前にも似たようなことを聞かれた気がする。

 故に前と同じような回答をするだけだ。


「別にないよ、大学受験に向けて頑張ろうと思って」

「思うだけで行動に移せる人はごく少数です......なのでもっと別の理由があるはずです」


 図星なことを言われたので柚衣は否定できずに口篭ってしまう。

 しかしその対応が柚衣に対する疑いを強くしてしまったことは言うまでもない。


「私に隠すような理由......もしかして好きな人でもできました?」


 的を得たことを言われて柚衣の胸は跳ね上がる。


「......さあ」


 理性よりも先に恋愛感情が先行してしまう。

 ここで落ち着いて、明確に否定しておけば良かったと柚衣は後悔するがもう遅い。


「い、いるんですか?」

「......内緒」


 曖昧な答え方をしたので追求されるかと思ったが琴美はこれ以上この話題について何も言わなかった。


 ***


「あと一問がわかんねえ! これどうやって解くか教えてくれ!」


 放課後の教室、柚衣は遼の補習の手伝いをしていた。

 賢くなった柚衣くんに補習の手伝いをしてもらいたい、と遼からお願いされ柚衣は引き受けることにしたのだ。


 部活があるらしく、ハイスピードで問題を解いている。


「はいはい......ていうか中間の一個課題すっぽかすとか、どんなミスだよ」

「課題やらなかっただけでプラスでプリントが付いてくるのは聞いてない」

「それは遼の数学が赤点だったからだろ?」

「うう......さっさと部活行きたいっ」

「バスケばっかやり過ぎなんだよ。とりあえずこの一問さっさと終わらせて部活行ってこい」


 遼は要領の良いタイプなので勉強したらそこそこの点数を取れるのだろうと柚衣は思っている。

 しかし本人曰くバスケ以外に興味はないし、勉強したくないらしいので困ったものだ。


「これは......だからこの公式使って終わり」

「......しゃー、解けた! 提出してくる!」


 片付けをした遼は大急ぎで教室を出る。

 時間を見る限り部活には途中参加だが間に合うらしい。


「柚衣、じゃあな、ありがとう!」

「ん、じゃあな」

「皐月もまた明日!」

「あ、うん、ばいばい」


 遼が出ていき、教室に残ったのは柚衣とクラスメイトである皐月の二人。

 皐月とはあまり話したことがなくただのクラスメイトだ。

 琴美と仲良くしているところはよく見かけるがどんな人物か詳しくはわからない。

 

 もうここにいる用もないし、さっさと帰ろうと支度をしていると皐月から声をかけられる。


「ねえ......この英訳分かんないんだけど、教えてくれない?」


 まさか話しかけられるとは思わず、一瞬の間が空くが柚衣は了承する。

 

「ここはまずカッコで訳しやすいようにこの部分を括って......そしたらカッコで括った以外の部分を英訳してみたらやりやすいと思う」

「なるほど、やってみる......あ、できた。ありがと」


 どうやら皐月の方も最後の一枚だったようで片付けをし始めた、

 

 柚衣の方は支度を終えて教室を出ようとする。

 しかし皐月はそれを呼び止めた。


「ねえ、花沢くんってさ......」

「ん?」

「琴美ちゃんのこと好きなの?」

「......どうしてそう思ったんだ?」

「仕草とか言動でわかるよ。あと遼くんにいじられてるところ聞いちゃったし」


 遼と話したどこかのタイミングで聞かれていたようで、隠す必要も無いか、と柚衣は思う。

 とはいえ皐月は琴美の友達なので言わないように念は押さなくてはならない。


「ああ、そうだな、好きだ」

「ふーん、やっぱり」

「琴美にはこのことは言わないでくれないか?」

「もちろん、大丈夫。言うわけないじゃん」

「じゃあ、俺はそろそろ......」

「あーちょっと待って!」


 皐月はまだ聞きたいことがあるようで帰ろうとする柚衣を止める。

 柚衣としては余計な詮索はされたくないし、早く帰りたい。

 ただ、皐月の方はまだ帰す気がないらしい。


「いつから好きなの?」

「高一の冬くらい」

「告白はしたの?」

「いや、まだ」

「予定は?」

「まだないし、まだする気はない」

「えー、なんで?」

「......自信ないから」


 こういう話が好きな性格の女子なのだろうか。

 しかし琴美の友達というのも考慮してこれ以上答えるのはやめた方がいいだろう。


「そっか、琴美ちゃんモテるもんね」


 皐月の顔から少しの間、笑みが消えて何かを考えこむ。

 

「......なんだか、私と同じ匂いがするな」

「同じ?」

「あー、いや、何でもない......けどさ、モテるからこそ早い目に告白しないと取られるんじゃない?」

「それは......」

「琴美ちゃんは彼氏を作ろうとしないからいないだけ。今の所はそんな気配ないけど、もし琴美ちゃんが花沢くん以外の人に想いを抱いたとして、彼氏にしたいと思うようになったら琴美ちゃんなら高い確率で出来るだろうね」


 柚衣の心の奥に秘めていたことを皐月に代弁され、返す言葉もない。

 今は失敗して距離が離れるのを恐れて、自信がないからと渋っている。

 しかし琴美が柚衣以外の誰かを好きになってしまえば結果はもう目に見えている。


「そうなるとどうなるのか花沢くんならわかるでしょ? 距離も離れちゃう。友達である柚衣くんとの時間より彼氏との時間を大切にするんだから」

「......たしかに、そうだな」


 柚衣はしばし考え込む。

 友達でもいいから琴美のそばにいたいのか。

 失敗すれば距離が離れるかもしれないが、それでも少しの可能性にかけて告白するか。


「何で俺にアドバイスしてくれたんだ?」

「んー、私と同じ感じがしたからかな。私も好きな人がいて今の花沢くんみたいに悩んだよ?」

「皆川はその時どうした?」

「......私は諦めて友達でいることにしたよ。だから本人は私が昔も今も好意を抱いていることを知らない」


 今もという言い方からして交流が続いているのだろう。

 しかし皐月は自分の恋心を封じ込めることにした。


「あとは二人が個人的な推しカプなんだよね」

「......推しカプ?」

「うん、なんか付き合ってない方が違和感あるからさっさと付き合って欲しいって正直思ってる」

「それは......もちろん俺も付き合えたらって思うけど」

「あー、まあ告白するかしないかはすぐに決めなくてもいいけどさ。なるべく早いうちに決めといた方がいいと思うな。慎重になって拗らせても負担になるだけじゃん。じゃあ私帰るから!」


 そう言い残して皐月は教室から去っていった。

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