第52話 好きな人

「あいつ......またタオル忘れてるし」


 皐月が教室を去った後、柚衣も教室の電気を消して帰路につこうとしていた。

 しかし遼の机のものかけに遼のタオルがかかっているのを発見する。

 バスケを一刻も早く始めたくて焦っていたのだろうか。

 ごく稀にこのようなことがあり、柚衣はその度に届け出ている。

 

 今頃、職員室に行って課題を提出し終わり、体育館で練習に励んでいる頃だろう。

 スポーツをしている人にとってタオルがないというのはかなり困るはず。

 柚衣は届けてあげようと思い、遼のタオルを手に取る。

 体育館に寄るだけであり、帰宅時間にそれほど影響はない。


 (西階段の方が体育館に近いか......)


 柚衣は廊下に出て登下校時に使っている階段を使おうとする。

 しかし柚衣の進行方向とは逆にある西階段から行く方が早く行けることに気づき、反対方向に歩いていく。

 

 西階段は体育館に行く目的以外ではあまり使われていない階段だ。

 だから放課後は告白のスポットになっていたりする。

 とはいえ流石にそんなイベントにピンポイントで遭遇することはないだろうと階段を降りていく。

 

「天瀬さんが好きです! 付き合ってください!」


 しかし、そんな柚衣の予想とは裏腹に声が聞こえてくる。

 どうやら琴美が告白されているらしい。

 もう少し降りて下を覗いてみればクラスの男子と琴美が向かいあって立っていた。


 盗み見るのは悪いと思いつつも、柚衣の足は戻ろうとはしない。

 告白されている人が琴美だからというのがあるのだろうか。


「ごめんなさい、あなたとはお付き合いできません」

「な......何で?」

「他に......好きな人がいるからです。私はその人とお付き合いしたいのでごめんなさい。あなたの想いには応えられないです」


 琴美の一言で柚衣の胸の鼓動は早くなる。

 告白を上手く断るための言葉だということは重々承知している。

 しかしそれでも揺れ動いてしまう。


 クラスメイトの男子は舌打ちをしてその場を去っていった。


 (いくら何でも舌打ちはないだろ......相手も傷つくだけなのに)


 琴美の方を見れば少し顔が曇っていた。

 慣れているとはいえ断るだけでも相当精神を使う。

 そして時間も奪われている。

 

 声をかけたいところだが盗み見ていたという事実は自分でも気が引けるのでここでやり過ごすことにする。


「......柚衣くん?」


 しかし琴美はふとこちらを向いたので隠れる間も無くバレてしまった。

 音を立ててしまったのだろうか。

 

「見てたんですか?」

「すまん、体育館行こうと思ったらたまたま」


 この状況で盗み見ていたことを流石に否定できないので素直に謝罪する。

 

「い、いつから見てたんですか?」

「......最初の方から」


 柚衣はバツが悪くなったので琴美から目を逸らす。

 多少責められても仕方のないこと。


「じゃ、じゃあ私帰りますので!」

「あ、ちょ、ちょっと待って。用事とかないなら一緒に帰らないか?」

「......え?」

「俺、遼にタオル届けに行くだけだから」


 琴美は目を丸くして、何故かしばし黙り込む。

 しかしすぐにいつもの琴美に戻った。


「そ、そうですね、一緒に帰りましょうか」


 ***


「なるほど、大園さんに勉強を教えていたんですね」


 放課後の帰り道、そんないつもの会話をしながら歩いていく。

 ただ、どこかいつもと違うように感じるのは柚衣の方が先ほどの発言を気にしているからだろう。

 普段ならあまり気にしないのかもしれないが皐月の言葉もあり、気になってしまう。


 琴美に好きな人はいるのだろうか。

 

「......そういえば琴美って好きな人いるのか?」

「きゅ、急にどうしたんですか?」

「何となく、好きな人が言ってたから本当にいるのかなって」

「私は......」


 琴美はしばし沈黙する。

 その絶妙な間が余計に柚衣を緊張させてしまう。


 以前聞いた時は微妙に曖昧な返答をされてからかわれたような気もする。

 故におそらくいない。


「......私はいますよ、好きな人。もっと側にいたいって思っている人」


 しかし琴美はいると言い切り、髪をくるくるといじり始める。

 心無しか耳が赤くなっているように思える。


「で、では私こっちなので」

「あ、おう......ばいばい」

「ば、ばいばい」


 そう言って琴美はいつもよりも早く柚衣とは別方向へ歩いて行った。

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