第53話 好きだから

「流石に......伝えないとダメだよな」


 放課後、柚衣は自分の家にて琴美が来るのを待つ。

 

 今日は琴美とあまり上手く接する話すことができずにぎこちない雰囲気が漂っていた。

 それは柚衣が昨日の琴美の発言を意識しすぎていたからかもしれない。

 昨日、琴美は好きな人がいると言った。

 琴美に対して想いを抱いている柚衣にとってはインパクトのある発言だ。

 

 好きな人がいると知ってしまった以上、柚衣はもうこれ以上告白を引き延ばすことはできない。

 その相手が柚衣であっても柚衣でなくても。

 柚衣であって欲しいと願うものの、追求したわけでもないので言い切れる訳ではない。

 

 とはいえ自分の気持ちを伝えて後悔のないようにしたい。

 断られても琴美の恋を応援するつもりだし、友達としてまたいれたらと願っている。

 少なくとも告白前のような距離感ではなくなるだろうが完全に距離が離れるということはない。

 

 そんなことを考えているとインターホンが鳴る。

 ドアを開けてみれば琴美が立っていた。


「いらっしゃい」

「お邪魔......します」


 柚衣は意識しすぎても会話にすらならないと思ったので平然を装う。

 しかし緊張からか会話が薄っぺらいものになってしまう。


「今日はあんまり暑くないな」

「そ、そうですね。これぐらいの気温が毎日続けばいいのですが......」

「たしかにな。俺もあんまり暑いのは好きじゃない」


 いつも通り会話をするように心がけているが頭の中はほぼ告白のことで埋まっている。

 ある程度プランを立てても結局不安で取り消されてしまうのだ。


 (どうやって、いつ伝えよう......やっぱり普通でいいのだろうか)


 頭を悩ませていると無情にも時間は過ぎていく。


「......あ、そろそろ帰る時間ですし、帰りますね」


 そう言って琴美はソファから立ち上がる。

 気づけば琴美が帰る時間になっていた。


 今日を逃せば、今日伝えなければもう今後言うことはできずに後悔することになろうだろう。

 

 自分の気持ちを伝えるだけ。

 あなたのことが好きです、そのことをただ伝えるだけ。

 それなのにどうしてこうも緊張するのだろう。


 柚衣は深く呼吸をして帰ろうとする琴美を呼び止める。


「琴美、ちょっと待って」


 呼び止めると琴美はこちらを向いて、不思議そうにしながらもいつもの笑みを浮かべる。


 柚衣は琴美のことが好きだ。


 素でいる時に稀に見せる無邪気で可愛らしい笑顔が好きだ。

 努力家な琴美が好きだ。

 時々する琴美のからかいが好きだ。

 いつも明るく柚衣のそばに居てくれる琴美が好きだ。

 しっかりしているように思えて寂しがり屋な琴美が好きだ。

 照れた時の慌て顔が好きだ。

 琴美の透き通ったような声が好きだ。

 辛い時に支えてくれた琴美が好きだ。


 琴美は想い人であると同時に救世主のような存在でもある。

 柚衣を過去の呪縛から解いてくれたのは琴美だ。

 開放的にさせてくれたのは琴美だ。

 変化のない日常を楽しいものにさせてくれたのは琴美だ。


 琴美と一緒にいると時間が過ぎるのが早くて、楽しくて、充実している。


 (なんか俺......変わったな、本当に)


「......あのさ、伝えたいことあるんだけどさ」


 だから柚衣は琴美の側にもっといたい。

 今度は柚衣が琴美を支えたい。

 琴美にとっての特別な存在でありたい。


「琴美のことが好きです。俺と付き合ってくれませんか?」

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