第54話 これまでとこれから

「琴美のことが好きです。俺と付き合ってくれませんか?」


 柚衣は琴美に目を合わせて言った。


 正真正銘の心からの告白。


 柚衣の胸の鼓動は徐々に加速していく。

 告白とはこんなに緊張するものなのか、と柚衣は認識させられる。


 琴美が返事をするまでの時間が柚衣にとってはとても長く感じられた。


「......私も柚衣くんが好きです。だからいいですよ、私で良ければお付き合いさせてください」


 琴美はそう言って若干目を潤ませる。

 

 柚衣が現実を飲み込むには少し時間がかかった。

 約半年間の恋、柚衣にとっては数年間のように感じられるくらい充実した日々。

 それが今実ったのだから。


「じゃ、じゃあこれからよろしく......お願いします」

「は、はい......こちらこそよろしくお願いします」


 琴美はそう言うと顔を赤くして、目を逸らす。

 その仕草がいつもよりも柚衣にとっては愛おしく思える。


「琴美、ハグ......してもいい?」

「ど、どうぞ」


 柚衣は琴美を優しく抱きしめる。

 心の容器は恋愛感情でもうすでに満たされており、溢れ出している。

 それだけ幸せで夢にまで待ち望んでいた時間。

 

「......てっきり柚衣くん、私のこと好きじゃないのかと思ってました」


 しばらく黙って抱き合っていると琴美が喋り出す。

 

「それは俺も......正直、友達としてしか見られてないのかなって」

「ふふ、お互いすれ違っていたんですね......でも私、結構アピールしてましたよ?」

「例えば?」

「軽いボディータッチとか......大胆なもので言うと膝枕とか」

「......いつものからかいも?」

「それもそうですよ......私が柚衣くんの照れている姿を見たいというのもありましたけど」


 琴美のからかいのせいで柚衣の心臓はたびたびはち切れそうになっていた訳だがどうやらわざとだったらしい。

 それはそれで困る訳なのだがそれに気づかない鈍感すぎた柚衣も悪い。


「ちなみにいつから好きになってくれたんだ?」

「恋愛感情を抱き始めたのはもっと前でしょうけど明確に柚衣くんのことが好きだなってわかったのは多分バレンタインくらいからです」

「そっか......待たせてごめん」

「謝らなくていいですよ。結果的に彼女としてこれから柚衣くんの側にいられることになったので」


 しばらく経った後、琴美もそろそろ帰らなければならないだろうと思い、琴美から腕を離す。

 琴美も同じように腕を離してハグを止める。


「時間だし、家まで送ってくよ?」

「......いえ、もう少しだけここにいたいのですが、ダメ......ですか?」


 流石に断れる訳もなく琴美が良いなら柚衣も問題ないので二人はソファに座る。


「なんか......変な感じだな」

「そうですね。具体的に恋人同士になったにしても何をするのでしょうか」


 柚衣は恋愛経験がないので恋人同士ですることと言ってもあまり思い浮かばない。

 しかし無理に恋人らしいことをしようとして気まずくなることは避けたい。


「......たしかに。とりあえず友達の延長線みたいな感じでいいんじゃないか?」

「ですね......彼女になったので柚衣くんと色々やってみたいことはありますけど」

「色々?」

「ま、まだ早いですけど、き、キス......とか、もっとデートしたりとか......」


 琴美の顔が赤くなるだけでなく柚衣の顔もつられて赤くなってしまう。

 想像すればするほど赤くなるのでキスのことはあまり考えないようにする。

 キスはお互いにまだ早い。


「そ、そうだな、俺もデートとかはもっとしたい」


 恋人同士になった分、もっと一緒に過ごす時間も増えるだろう。


 そんなことを話しながら気づけばもう時間は十八時になっていた。

 いつもとは違う会話で、少し気恥ずかしくて、それでも幸せを感じられる会話。


「じゃあそろそろ帰りますね。長居してすみません」

「全然、一人暮らしだし」


 柚衣は靴を履いて一緒に外へ出ようとすれば琴美に止められる。


「まだ日も落ちていないですし、一人で帰れますよ?」


 たしかに冬の時期は辺りが暗いので送っていたが今は夏だ。

 故に一人で帰れるだろうし、少し遅くなったとはいえまだ日は落ちていない。

 しかし別の理由もある。


「いや、俺がギリギリまで一緒にいたいだけだから」

「そ、そうですか......」


 普段言わないようなセリフを言っているので柚衣も後から羞恥が押し寄せてくる。

 一方で琴美の方も顔を赤くして、柚衣から目を逸らす。


「こ、恋人同士だからと言っても調子に乗ってあまりからかわないでください」


 琴美はそう言って口を尖らせる。

 どうやらからかっていると思われたらしい。


「ごめん......けど本音」

「嬉しいですけど、そ、そういう問題じゃないです」


 一気に関係が変わったからか、ぎこちないし、慣れない。

 しかしこれから探っていけばいい。


 時間の流れも以前よりはるかに早く、話しながら歩いていればあっという間に琴美の家に着いていた。


「では改めて、明日からよろしくお願いしますね、柚衣くん」

「こちらこそよろしく、琴美」


 柚衣がそういう言うと琴美ははにかんで笑った。

 その笑顔が柚衣の脳裏に焼き付いて離れなかった。

 

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好きだった幼馴染に告白されたが嘘告だった日、ヤケクソになって一人公園で遊んでいる幼女と一緒に遊んであげたらその幼女が同じ学校の天使様の妹だった テル @tubakirou

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