第13話 一人の努力家な少女
「あー、無理だ、難しくて解けん」
柚衣はため息をつきながら机にもたれかかり、近くにあったスマホを手に取る。
朝、柚衣は珍しく家でシャーペンを動かし、問題集を解いていた。
期末テストが直近にあるのだ。
学生の本業は勉強なので今までだらけてきた柚衣は危機感を持って行わなければならない。
赤点を取るほど柚衣は頭は悪くなく、全教科平均的な点数だ。
しかし今回の範囲の数学は柚衣の苦手としているところが多いので赤点を取る可能性は十分にある。
そうなれば冬休みに補習が入ってくる。
もちろん柚衣はそれを避けたい。
ただ、行動と思考は全くの別物で現在柚衣はスマホをいじっている。
まだ勉強して一時間も経っていない。
そんな柚衣に一件のメールが来る。
『もうすぐテストですし、よろしければ午後から一緒に勉強しませんか?』
送り主は琴美だ。まさか勉強のお誘いが来るとは思わず、もたれていた机から離れて姿勢を正す。
柚衣はもちろん了承する。琴美は定期テストでは常に学年トップを維持していて心強い。
足を引っ張ってしまうのでは無いかとは思ったが向こうからのお誘いなので乗らせてもらうしかない。
『いいよ、予定ないし。どこで勉強する?』
柚衣がメッセージを送るとすぐにまたメッセージが返ってくる。
『では私の家でどうですか? 華燐は今日は友達の家へ行っているので家にはいません。それに花沢さんの家を毎度使わさせていただくのも悪いですし』
柚衣は琴美から送られてきた文面を見て少し固まる。
思えば友達の家に行くのは数年ぶりだ。
緊張することでもないのに胸は早く動いている。
『わかった。十三時半くらいにそっちに行く』
柚衣はメッセージを送るとスマホを置き、落ち着かない動きで準備を始めた。
***
「ちょっと休憩......」
時計を見れば柚衣が琴美の家に来てから二時間が経っていた。
流石学年一位と言ったところで、教え方がかなり上手い。
琴美に聞けば分かりやすく丁寧に教えてくれる。
さらに加えて応用問題も作ってくれる。
二時間しか勉強していないが数学の苦手な分野はかなり押さえられた気がする。
ただ、ずっと集中していると疲労は溜まる。
柚衣は先ほどした問題の丸つけだけをして、ペンを置いた。
「そうですね、ずっと通してやっていましたしそろそろ休憩しましょうか」
そう言い、琴美は立ち上がる。
柚衣も固まった足を少し伸ばした。
「お菓子があるのですがいりますか?」
「ありがとう。欲しい」
「では少しリビングから持ってくるのでくつろいでいてください」
琴美はニコッと笑って部屋を出る。
そして部屋に訪れる静寂。故に一人考え事をしてしまう。
(なんか友達になったはいいけど琴美とは距離感が少し遠いんだよな)
琴美とはあまり友達という実感はない。
友達になったはいいものの友達らしいことはできていない。
というより柚衣が甘やかされているような気がする。
距離感が遠いと感じる主な原因は同級生に対する敬語だろう。
友達らしいことはできずとも今はとにかく距離を近くしたい。
柚衣はそんなことを思う。
誰かと距離を近くするなど柚衣が一番避けてきたことなのに。
しばらくの間柚衣は考えるが勉強で疲れ切った頭ではまともに思考できなかった。
休憩しようと思い、体を伸ばすため立ち上がる。
そこで柚衣は初めて棚に写真が飾られていることに気づく。
近づいて見てみればその写真にはいつも見ている満面の笑みの華燐と微笑んでいる琴美が写っていた。
少し前の写真のようで二人とも幼い。
琴美の笑みからは天使様とは違う素の方の笑み出ているのでやはり昔から妹好きの姉のようだ。
簡単に言うなら不器用なシスコン。
写真立ての隣には複数枚のメモが置かれていた。
そのメモは『to do リスト』と書かれている。やるべきことをまとめたもののようだ。
・<重要>妹と遊ぶ、姉らしくする
・最近怠っている勉強をする。平日は三時間から五時間に、予定がない日の休日は五時間から七時間に伸ばす。
・運動をしっかりする。朝は一時間ランニング。
・月一度は必ずボランティア活動をする。
おそらく琴美はこれを全てこなしているのだろう。
日頃の勉強があるからこそ学年一位を維持しているし、運動も欠かしていないから運動神経も良い。
何故ここまで頑張れるのだろうか。
勉強だけ頑張っているわけではない。両立させている。
メモは二つあり、まだまだ書かれている。
書かれていることをすべてしているのならいつか琴美にも精神的に限界が来る。
この頑張り故に今の琴美がいる。
天使様などと偶像化されているがその本質は一人の努力家な少女。
「......大変だな、天使様も」
柚衣は琴美の裏に触れるつもりはないのでこれ以上メモを見るのをやめた。
写真立ての横にあったため、ついメモに目を通してしまったがそもそもマナー的にあまりよろしくない。
ましてや異性の友達なのだ。
これ以上ジロジロと部屋を見ないようにしようと思い、柚衣はおとなしく座る。
ちょうど同じタイミングで部屋のドアも開く。
「お待たせしました。手作りのシフォンケーキです。初めて作ったので上手くできてるかわからないんですけど」
そう言い、琴美は机の上に二つ分のシフォンケーキとオレンジジュースを置く。
「手作り? まじか、楽しみ......っていうか俺、天瀬にされてばっかな気がする」
「花沢さんは美味しそうに食べてくれるので私もつい張り切って作ってしまうんですよ」
「なるほど、ついつい尽くしちゃうタイプだ」
「誰でもかれでもってわけではないですよ。花沢さんだからかもしれません」
琴美は素の笑みを浮かべる。
前よりも随分と心開いてくれたことに柚衣は嬉しく思うが一つ気になる点がある。
半分照れ隠しのように話を変える。
「そ、そっか......ところで話は変わるけどさん付けやめない?」
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