第30話 罪と後悔とこれからと

「千郷......どうしたんだろ」


 ご飯を食べ終えて教室へと向かっていると柚衣は途中にあるテラスで千郷を見つける。

 しかし様子はいつも違い、顔色は暗い。

 一人で柵にもたれかかっていて、どこか遠くを見ている。

 今日は一段と寒いというのに上着なども着ていない。

 それすら気にならないほど抱えている悩みは重いということなのだろうか。

 

 柚衣はそのまま無視して通り過ぎることも考えたが足はテラスの方へと向かう。

 千郷とはクラスも違う上にあの一件以降さらに話す機会が減っている。

 というより思うところがまだあるのか千郷から距離を取られている。

 

 だからこれ以上柚衣からも千郷に関与する予定はなかった。

 しかし幼馴染が落ち込んでいる姿を見てどうしても手を差し伸べたくなってしまう。

 

 千郷は柚衣の中学時代を支えてくれた存在だ。

 その恩を返せるかもしれない。

 千郷が柚衣を拒否しても、柚衣が恩を返すことができてもこれ以上千郷と関わることはないだろう。

 

「大丈夫か? 普通に寒いし風邪引くぞ」

「......何?」


 柚衣は千郷の隣に行き、同じようにフェンスにもたれかかる。

 そんな柚衣を千郷は訝しげな目で見つめて少し距離を離される。


 実際に覚悟はしたものの行動で拒否を示されると心にくるものがある。


「顔暗かったから心配で様子見に来た」

「......別に何でもない。普通だから放っておいて」

「鏡見ながら同じこと言えるのか?」


 そう言うと千郷は黙り込んでしまう。

 とりあえず柚衣には聞かせたくないらしい。


「話せば楽になるかも。別に誰にも言わないし、俺が口固いの知ってるだろ?」


 幼馴染だからこそ言えることがあるかもしれない。

 心に入ったヒビは一人で抱えていると段々と周りに広がって大きくなっていく。


「それは......そうだけど。でもゆっくんには言えないから」


 顔は先ほどよりも暗くなっており、接し方を間違えたと柚衣は思う。

 ただ、少しでも明かりを千郷に差してあげたい。


「大体、今頃何? 最近話してなかったし、何でわざわざ来たのよ。そのままスルーで良いじゃない」


 自分のことなど放って置けと千郷は柚衣に言い放つ。


「たしかにそれはそうだ。けど俺も中学の時同じようなこと言ったの覚えてるか? 千郷がわざわざ手を差し伸べてくれたのに俺のことは放っておいてくれって言った。あの時は人間不信になってたからな」


 柚衣はそのまま昔のことを思い出すように続ける。

 遼と千郷がいなければいまだに人間不信になっていただろう。

 だからこれはあの時のお返しだ。


「けど千郷はそれでも俺に手を差し伸べ続けた。それは何でだ?」

「......幼馴染だし放っておくにも放っておけなかったから。それにゆっくんには昔から助けてもらってたし」

「なら俺も同じ理由だ。あの時のお返しでもあるし、放っておくにも放っておけなかったんだよ」


 千郷はその言葉を聞き、吹き出して笑い始める。

 おかしいことを言った覚えはないのだが千郷にはおかしく思えたらしい。

 何はともあれ今は笑顔だ。


「ぷはっ、何それ。意味わかんない」

「結構真面目に言ってるんだぞ」

「でも......なんか元気出た。ありがとう......ゆっくんには言えないけどもう大丈夫だから」

「それなら俺はもう何も言わない」


 柚衣はそう言って千郷のそばを離れる。

 一人で心の整理をするくらいの余裕は与えられたのではないだろうか。

 これ以上柚衣がいても千郷が柚衣に言わない以上してやれることは何もない。

 

「すぐに中入れよ。ずっと外いると風邪引くぞ」

「うん......そうする」

「あと安心しろ、俺はもう近づかないから」


 千郷が距離を置いている以上、柚衣も距離を置いた方が良いと思い、千郷にそう言う。

 

 仲の良い幼馴染という関係もこれで終わり。

 柚衣としては誰が悪いとも思っていない上、千郷のことも恨んでなどいない。

 そもそも千郷が好きではなければ単なる悪ふざけで終わっていた。

 いずれ時が進めばきっと今のように自然と距離が離れていたはずだ。

 ここまでの時間千郷と仲良くできたことが奇跡に近い。

 

 今は柚衣が心許せる人がいる。

 それに環境も大きく変わり、心も恐怖を克服した。

 だからもう関わることはないだろう。

 

 ***


「何よ......それ」


 千郷は柚衣が去ったあと、その場に膝から崩れる。

 距離を取る選択を取った以上、柚衣との関係はいずれなくなってしまうことはわかっていた。

 しかし実際に言葉にされると辛いものがある。

 柚衣は千郷が避けている以上自分ももう近づかないようにした方が良いと判断したのだ。

 

 そして千郷は情けなく笑う。

 柚衣に言った元気が出たなどというセリフは嘘に決まっている。

 そもそも柚衣のことで悩んでいたのだから千郷は心がさらに痛くなっている。


「嘘告なんてしなかったら今頃ゆっくんのそばにいれたのかな......?」


 頬に熱さが伝わってくるのを感じる。

 千郷はそれを服の袖で拭うも、拭く量より目元から溢れ出てくる量の方が多い。


 告白をする権利など千郷にはない。

 柚衣のそばにいる権利さえ千郷は失ってしまう。

 大切なものは身近にある故、気づいた時にはなくなっている。


 どうすることもできない気持ちに支配されてしまう。

 しかしそれでも柚衣の受けたであろう心の痛みには届いていない。

 

 (もう......何もできないや)


 千郷にできるのはどうすることもできない心の痛みに苦しめられることだけ。


 テラスで一人、千郷は自分の気持ちを抑え込もうとするも溢れ出た感情は柚衣との関係の終わりを告げた。

 

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