第29話 特別な存在

「関係ないけど遠藤は彼女いるのか?」


 昼休みの食堂にて、柚衣は女子に囲まれている遼を見ながら隣で一緒に食べている遠藤に質問する。

 

 三学期に入り、高校一年生を満喫するのも残り僅かとなった。

 柚衣はある程度人と距離を積めることに慣れて、ようやくクラスにも馴染始めている。

 たまに遼以外のクラスメイトと話すようになったのだ。

 以前は話しかけられることさえなかったのだが何人かは朝会ったときに挨拶をしてくれる。

 その人たちは全員忘年会で一緒にゲームをしたりと盛り上がった人たちだ。


 遠藤とも仲良くなれたため、忘年会に行って良かったと柚衣は思う。


「一応いるよ」

「あ、そうなのか、初めて知った」


 すっかりいないものだと思っていたので柚衣は驚いたがすぐに納得する。

 たしかに遠藤は中々容姿は整っていて性格も良い。

 遼のように事情がない限り彼女がいない方が疑問に思う。

 

 遠藤が学校で女子と話しているところはあまり見たことがない。

 しかし他校の生徒や上級生という可能性もある。


「同級生じゃないんだけど一個上の先輩。家が近くて仲良くなって気づいたら好きになってたかな」


 遠藤は表情も変えずにサラッと恋人に対する好意を言う。

 

「どっちから告ったか聞いても良いか?」

「告白は相手からだったよ。本当は僕からしたかったんだけど先越されちゃってさ」


 笑いながら遠藤は語る。

 柚衣は自分から聞いておいてだが相手から告白されたことに反応して嘘告のトラウマが蘇る。

 ただ、それもすぐに消えてしまう。

 

「両想いだったわけか。去年のクリスマスはその人と?」

「そうだね、なんなら家近いからって言って泊まりに来たよ」


 かなり関係が深く、熱いカップルのようだ。

 柚衣は彼女を持ったことがないのでカップルとはどのような関係なのか純粋に気になる。


「付き合ってからどのくらいなんだ?」

「約二年かな。ちょうど中学校に上がって今の家に引っ越してきたんだけど家近いってことで一緒に登校するようになったりしてね......」


 話している遠藤はとても楽しそうで少し頬が赤くなっている。

 なんだか柚衣はそれを羨ましく感じてしまう。


 琴美の彼氏として隣に立つことができたらもっと一緒に物事を共有できるのだろうか。

 

 聞いていくうちに柚衣の脳裏に浮かぶ琴美の笑顔。

 そして琴美にとっての特別な存在でありたいという思いも大きくなってしまう。


「ちょっと話しすぎちゃったね、ごめんごめん」

「それだけ彼女を愛してるんだな」

「付き合ってから時間が経つうちに恋心も大きくなっていくんだけど彼女を大切にしなきゃなって思いも増えていくからね......要するに彼女は大切にしなきゃ」


 恋というのは難しい。

 その分、彼女と過ごすひとときは楽しいものでかけがえのないものだ。


 しばらく遠藤と話していると一人の女子が遠藤に話しかける。


「秀くん、秀くん、良かったら今日の放課後一緒に......って、あ、ごめん、友達と話してた!?」


 話ぶりからするにこの人が遠藤の彼女らしい。

 遠藤は他の人に向ける目とは違う目で彼女を見ている。


 目配せをしてきたので柚衣は頷いておく。


「全然良いよ、どうしたの?」

「一緒に帰ろーって話。今日部活ないでしょ?」

「いいよ、最近部活だったからごめんね」

「やったー、秀くんと帰れる......あ、ごめんね、邪魔したね」


 遠藤と話す一つ上の先輩は柚衣に目をやる。

 邪魔というほどでもないのでさほど気にしていない。


「私は秀くんの彼女の白川 梓しらかわ あずさです」

「あ、花沢 柚衣です」

「柚衣......良い名前してるね」

「ありがとうございます」


 かなり明るくフレンドリーな人のようだ。

 周囲に光をばら撒いている。

 落ち着いた遠藤とは対照的だがお似合いのカップルとなっている。


「私も座ろっと」


 そう言って白川は遠藤の真正面にある対面の席に座る。

 座ると頬杖をつき、遠藤の食べる様子を眺める。


 柚衣はもうすでに食べ終わっており、遠藤もあと少しで食べ終わるというところだ。


 こうしてみると白川は澄んだ目をしている。

 ショートカットヘアをしていて美しいというより可愛い容姿だ。

 到底先輩には見えないが話ぶりから年上特有の余裕が出ているのである意味ギャップになっている。


 柚衣が白川の方を見ているとその様子に気づいたのか柚衣の方を向く。

 そしてそのまま微笑まれる。

 琴美に学校で目が合うたびに話せない代わりに微笑まれたりしていたので柚衣の胸は動かない。

 しかし他の生徒であれば間違いなくドキッとするだろう。


「秀くん」

「ん?」

「話しかけただけ。だって名前呼んだらこっち向いてくれるでしょ?」


 二人の間には柚衣が介入できない二人だけの世界が作られている。

 ここまで見せられてしまうと柚衣としても居た堪れない。


「俺は邪魔かな」


 二人のイチャイチャをこれ以上見せられてしまっては困る。

 故にそう言って柚衣はトレーを持って立ち上がる。

 遠藤が申し訳なさげな視線で柚衣を見ていたので口角を少し上げて返す。


「また一緒に食べような」

「うん、そうだね」


 そうして柚衣はその場を去った。

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