第28話 無垢な少女

「口......開けてください」


 そうして柚衣の口の前にあるフォークに刺さったケーキ。

 琴美は柚衣に食べさせようとしているのだ。

 きっと稀にある琴美のからかいなのだろうと柚衣は琴美の顔を見る。

 しかし表情は至って変わっていない。

 どうやらからかいなどではないらしい。


 柚衣は困惑したものの、口を開けてケーキを頬張る。

 そのケーキはいつもよりも甘い気がしたが柚衣にとってはもはや味など関係ない。


「どうですか?」

「普通に美味しいな」


 おそらく先ほどの行為は忘年会の突然のハグのように母性のようなものからきているのだろう。

 柚衣の心情的にも困るのだが、本人は平然としているので柚衣は何も言えない。


「話は変わりますけど柚衣くんの誕生日はいつですか?」

「九月の二十一日」

「まだ先ですか。でも柚衣くんにはもらってばかりですし、お返しはたくさんしますね」

「料理のお礼も兼ねてあげてるだけだから気にしなくても良いぞ?」

「それは作りたくて作っているだけです......ただ、そう思うのも美味しそうに食べている柚衣くんのせいですけど」

「琴美の料理は事実美味しいしな」

「ふふ、ありがとうございます」


 すっかり柚衣は琴美に胃袋を掴まれている。

 柚衣は一人暮らしのため自炊をしているが琴美の料理を食べてから物足りなさを感じるようになっている。

 故に料理のレベルを上げようと柚衣も頑張るという良いサイクルが出来上がっている。


「またお弁当も作ってあげますからね」

「それはありがたい」


 もはや琴美にしてあげられることは感謝以外にない。

 若干、申し訳ないとは思いつつも琴美は作る気満々のようなので柚衣は素直に感謝する。

 要するに誘惑に負けたのだ。


「そっか、来週から学校だ......冬休みもあっという間だったな」


 弁当の話により来週から学校であるという事実を再認識する。

 柚衣としては正直学校があろうが休みだろうがどちらでも良い。

 ただ、長期休みになると暇なので後半になるにつれて学校に行きたくなってくる。


「ですね、課題は終わりましたか?」

「ああ、終わってる。暇な時はちょくちょく課題やってたから。琴美も多分終わってるだろ?」

「そうですね、本当は少しずつする予定だったのですが気づけば二日で終わっていたので復習しています」


 柚衣には到底そんな言葉を発することはできない。

 努力家な部分は本当に尊敬する。


 柚衣がそんなことを思いながら注いだコーヒーを全て飲み切る。

 そして琴美の方を見て何か話そうとすればなんとも言えない顔をして琴美は俯いている。


「......どうした?」

「あ、えっと......学校でのことなのですけど」


 言いづらそうな顔をして少し口籠る。

 柚衣は学校のことと言われて容易に琴美の言おうとしていることが予想できた。


「学校で......今まで通りに柚衣くんと接しても良いでしょうか? 学校で柚衣くんと関われないのは嫌です......」


 そもそも柚衣は禁止にしていないし気にしないで欲しいと言っているので聞くまでもないことだ。

 しかし今の今まで柚衣のことを気遣って話しかけるのを極力避けていたのだろう。

 話すとしても二人きりの時や周りに人がいない時。

 ただ、クラスも違うのに偶然そのような場面になることはあまりない。


「全然良いよ。あの人たちもこれ以上変な危害は加えてこないだろうし」


 例の三人衆は一度天使様に問い詰められているので流石にもう好感度を下げるようなことはしないはずだ。


「普通でいてくれて良いよ。話しかけたい時は話しかけてくれて良いし。逆に俺も話しかけたい時は話しかける」

「わかりました。学校の楽しみがまた一つ増えますね」


 琴美は嬉しそうな笑みを浮かべた。

 柚衣もそれを見てどうにも居た堪れなくなったので思わず笑みを浮かべた。

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