第27話 恋の自覚

「あけましておめでとうございます、今年もよろしくお願いします」


 一月五日のお昼頃、琴美と華燐が久々に家にやってくる。

 天瀬家は少しの間母方の祖父母の家へ帰省していたらしいので華燐と会うのは久しぶりだ。

 一方で柚衣は珍しく冬の課題を先に終わらせている。

 それに加えて夏に一度顔を見せたのでいつでも華燐と遊ぶことができる。


 琴美は礼儀正しく新年の挨拶を言うので柚衣も返す。


「あ、あけましておめでとう。今年もよろしく......久しぶりだね、華燐。元気にしてた?」

「うん! あのね、華燐ね、いっぱいお餅食べたの!」


 柚衣も新年の挨拶をしたところで華燐に話を振る。

 

 琴美と会って柚衣は一つ気づいたことがある。

 それは琴美を意識してしまっているということ。

 要するに恋愛感情を抱いているのだ。

 だから華燐と話すことで意識を逸らさないといつも通りに振る舞えるとは思えない。


「そっか、お年玉はもらった?」

「たくさん貰ったよ!」


 華燐はピョンピョンと飛び跳ねている。

 その様子を見ていると琴美に対する意識も薄まっていく。

 

 (琴美とは友達......今まで通り接するだけ)


 柚衣は用意しておいたお年玉を華燐に渡す。


「じゃあ俺からも」

「いいの? お兄ちゃん、ありがとう!」


 中身を確認して、華燐は琴美に見せびらかす。


「よ、よろしいのですか? 三千円も」

「大丈夫、最近はゲームあんまり買ってないから」

「ありがとうございます」


 以前はよくゲーム機を用いてゲームをしていたがスマホゲームにも違った良さがあることに柚衣は気づいたのだ。

 しかしスマホゲームも近頃はしていない。

 琴美と出かけたり華燐と遊んだりしているのでゲームをする頻度が減り、気づいたら飽きている。


 柚衣はそんな会話をしながらいつものように琴美をソファに座らせる。


「......来年の四月から華燐も小学生ですか」


 ボソッと琴美はそんなことを呟く。

 華燐と出会った時は五歳で今が年中らしいので柚衣が高校三年生に上がると同時期に華燐も小学校に入学する。

 そうなれば華燐が家に遊びに来るのもなくなるのだろうかと柚衣は思う。

 しかし高校三年生となると受験に突入するのでちょうど良いかもしれない。

 必然的に琴美との接点も減ってしまうことが残念だが時が経つとはそういうこと。

 

「案外時が経つのって早いよな」

「ですね、小学校の頃ぐらいまでは遅く感じていたのに今ではあっという間に時間が過ぎてしまいます」


 時が経った時、琴美とはどんな関係でいるのだろうか。

 このまま友達の関係を維持したいと柚衣は思う。

 

 関係を進めようとすれば今の関係がなくなってしまう可能性がある。

 しかしそれと同時に好きな人の特別でありたいというのはほとんどの人に当てはまる。


 この感情が大きくなった時、柚衣は琴美にとってどのような存在になっているのだろうか。


「じゃあ華燐、何して遊ぶ?」

「うーんとね......」


 気づかないうちに意識してしまっていたため、それを逸らすように華燐に話しかけた。


 ***


「ケーキあるけど食べる?」


 午後三時ごろ、柚衣は二人にそう問いかける。

 華燐は少し休憩しており、琴美の膝の上に乗ってテレビを見ている。

 

「食べる! 食べる!」

「琴美はいる?」

「ではもらいます」


 冷蔵庫からケーキを取り出してフォークと共に机の上に二つずつ置く。

 すると琴美は目をパチクリとさせる。


「あれ、これ、もしかして楠屋の......」

「この前欲しいって言ってただろ? だからついでに買ってきたっていうか」


 柚衣は正月でも暇だった遼と少し遠出をして電車で一時間半くらいのところまで行き、映画を見に行っていた。

 映画を見終わった後、時間があったので少し遊んでいると琴美が言っていた洋菓子屋を見つけたのだ。


「覚えていてくれたのですか。ありがとうございます」


 現在の柚衣の心の状態で琴美に笑顔を振り撒かれてしまっては心臓に悪い。

 ただ気分が悪いわけではなくむしろ喜んでもらえて嬉しい。


「飲み物はコーヒーでいい?」

「ホットでお願いします」

「ん、わかった。華燐はオレンジジュースでいい? りんごジュースもあるけど」

「オレンジ!」


 柚衣は三人分の飲み物を注ぎ、机の上に置く。

 そして琴美と華燐の向かい側に座る。


 二人は柚衣が座ると手を合わせて美味しそうに頬張り始める。

 琴美の方はというと満足そうにしており、いつもの表情が崩れている。


「柚衣くんはもう食べたのですか?」


 琴美は半分ほどケーキを食べ終えたところで柚衣にそう問いかける。


「食べてないけどいいよ。また買えばいいし」


 柚衣は二つ分のケーキしか買っていない。

 理由は単純で買うためのお金がなかったからだ。

 

 使った代金の合計を差し引いた結果ケーキを二つしか買えなかった。

 しかし二つあれば琴美と華燐は食べられるので結果としては問題ない。

 元々、琴美のために買ったものだ。


 二人の満足そうな表情も見られたので柚衣としても満足だ。


「し、しかし、それでは柚衣くんだけ損をしてしまいます!」


 琴美はケーキを一口分、フォークで切り分ける。

 そしてそれを柚衣の口の近くまで持ってくる。


「口......開けてください」

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