第26話 気まずい空気

「あ、柚衣、大丈夫か?」


 店に入り、宴会場に戻ろうとしていると廊下で遼と出会う。

 トイレに行こうとしたのだろう。

 遼は隣にいる琴美に視線をやり、戻すとジト目で柚衣を見る。

 邪魔だと判断したのか琴美は一言添えて先に宴会場へと戻っていく。


「大丈夫、平気だ」

「......あれ嘘だろ? 炭酸飲みすぎたっていうの」


 やはり幼馴染である遼にはわかっているようで心配そうな目で柚衣を見ている。

 とはいえこれ以上遼に心配をかけたくない。

 古傷も琴美によってかなり癒やされた状態にある。


「俺としてはいてほしいけどあれだったら帰るか? やっぱりまだ癒えてないんだろ?」

「そんなことしなくてもいい。心配してくれて感謝してる。だけどもう大丈夫だ」


 柚衣は心から笑ってみせる。

 それぐらい今の気持ちは軽い。


「......なんか久々にお前の昔の笑顔見たわ」


 遼も安心したのかそれ以上何も言うことはなかった。


 ***


「じゃあまた冬休み明け会おうぜ」


 忘年会は二十時半ごろにお開きになった。

 琴美に過去を告白したことにより席に戻った時には恐怖心は薄れてそのまま楽しむことができた。

 笑いの種にされたり別の問題ができてしまったが柚衣は琴美に感謝している。

 別の問題というのは琴美を意識してしまって頭から離れないことだ。

 

 あのようにハグをされてしまい、さらには耳元で慰められてしまっては柚衣といえど意識してしまう。

 自然にあの時は受け入れてしまったものの、後々考えて見ると良くない部類に入る行為だ。

 そういう行為は友達といえど男女なので普通する行為ではない。


 ただ、あくまでも柚衣は平然を装って琴美に話しかける。


「琴美、一人で帰るのか?」

「今から母に連絡して迎えにきてもらうところです」


 この店から家まではそう遠くないが道は暗い。

 しかし母に今から迎えにきてもらうのも時間がかかる。


「じゃあ俺、送ってくよ」

「良いのですか? 途中まで一緒とはいえ柚衣くんに負担が......」

「何回も送ってるし、そう気にしなくて良いよ」


 華燐と琴美が外が暗くなるまで柚衣の家で遊んでいたということが度々起こる。

 なのでこれまでにも何回か琴美の家までついて行っているのだ。


「ではお言葉に甘えて」

 

 そうして足並みを揃えて琴美の家まで歩いていく。

 言いたいことはあるがそれを琴美に言うと両者羞恥で話せなくなってしまうと思うので柚衣は言わない。

 あのハグは突発的なものだろう。

 琴美は一緒にいて落ち着くし安心する。

 それに料理もできて柚衣が意識していないといつのまにか暖かみに包まれているので元々の性格的なものだ。


「そういえば女子同士で盛り上がってたけど何話してたんだ?」

「詳しい話は言えませんけどいわゆる恋バナです」

「なるほど、高校生活始まって結構経ってるし誰かが恋しててもおかしくないな」


 琴美の顔が赤くなっていたことにも納得がいく。

 一部の男子も恋バナで盛り上がっていたので学生の定番の話題なのだろう。


 (琴美に好きな人っているのか?)


 なぜかそれが柚衣には気になってしまったのでチラリと横を向いて琴美を見る。

 そしていないとわかっていることなのに柚衣は聞く。

 

「琴美は好きな人っているのか?」

「好きな人......ですか、今はいませんね」


 琴美は柚衣の視線に気付き、見つめ返す。


 そもそも琴美に好きな人がいたら柚衣のデートの誘いも断り、その人を誘っているはずだ。

 断られた可能性もあるものの、琴美のことなのでそれはほぼあり得ない。

 

 一方でその言葉にどこか安心したような、少しがっかりしたような柚衣がいる。


「で、ですが......気になってる人ならいますよ?」


 語尾をあげて、あたかも追求してほしそうな口調で琴美は言う。

 しかし琴美の恥ずかしげに頬を赤らめて視線を逸らすという何気ない動作に柚衣は意識してしまう。

 故に言葉の真意を理解することなく柚衣も目線を戻して話を止める。


「そ、そっか」

「えっと、はい......ゆ、柚衣くんには好きな人はいるのですか?」

 

 そう聞かれて柚衣は琴美を横目で見る。

 数秒で少し心拍数が上がってしまったような気がするが意識しているだけで恋愛感情には発展しない。

 むしろ恋愛に関してはこりごりなので恋ではないだろう。

 嘘告以来、柚衣は千郷に対して恋するどころかそもそも恋に対して嫌悪感を覚えている。

 たとえ恋に発展したとしても告白することはおそらくない。


「俺は......いない。あんまり恋愛には興味がないんだと思う」

「そうですか......」

「あ、それでも、その、あんまり異性にハグとかしない方がいいと思うぞ。流石に意識せざるを得ないっていうか」


 ここから先、会話が発展しなくなることを恐れながらも柚衣は琴美に言う。

 言うか迷ったものの、今後もあのようにされてしまっては柚衣としては意識してしまい困るので忠告しておく。

 親しい友人だからというのは理解しているがそれでも異性なのだ。


「あ、ごめん.....なさい。き、気をつけます......」


 案の定、琴美の顔は赤くなり、柚衣もこれ以上琴美に話を振ることはできなかった。

 

「......柚衣くん以外にはしませんけど」


 琴美は何かをボソッと呟いたがそれが柚衣の耳に届くことはなかった。

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