第31話 お返し

「あの二人、何話してんだろ」


 昼休み、図書館付近の廊下にある休憩スペースにて遼と琴美が二人で座って話しているのを見かける。

 もちろんそんな二人の周りに近づく者など一人もいない。

 むしろ休憩スペースを利用しようと思っていた人が二人の光に圧倒されて利用できなくなっている。

 

 しかし視線だけは集まっているので二人に関する話が柚衣の耳に飛んでくる。

 遼は人気なので男子側で嫉妬で悪口を言っている人はまずいない。

 ただ、女子側では琴美に対して嫉妬している人もいるので少し悪口は聞こえてくる。

 

 ある程度二人のことを知っているから言えることだが前よりマシとはいえ恐怖からか遼の顔はぎこちない。

 そんな遼から話しかけることはないと思うので琴美からおそらく話しかけたのだろう。

 一方で琴美は天使様の仮面を被っていて見せる笑顔も天使様スマイルだ。


 それでも側から見ると楽しげに話しているので柚衣の心は痛む。


「ついに遼が天使様口説いたのか!?」

「わかんね、けどあの様子から見ると上手くいってるっぽい?」

「最近はたまに二人で話してるところ見かけるしな」


 嫉妬していることに柚衣は罪悪感を抱く。

 それに対して柚衣はさらに追い討ちをかけられてしまう。

 他の人の話を聞いていれば嫉妬が大きくなってしまいそうなので聞かないように意識する。

 しかしそうすると今度は女子側では琴美に対する悪口がちらほらと聞こえてくる。


「何あいつ、所詮可愛くうまれてきただけの人間じゃん......内面とか絶対私の方が可愛いのに」

「猫かぶっててうざいよね」

「わかるわ、王子様が可哀想。もう行こ、なんか冷めたわ」


 琴美の苦悩を知っているので悪口を聞くと怒りが湧いてしまう。

 ただ、多くの人が陰口を一度や二度言ったことはあるはずだ。

 故に本心ではなく自分の感情を整理するために陰口を発しているのだと言い聞かせる。


 (もし、遼じゃなくて俺があそこで琴美と話してたらどうなっていたんだろうか)


 柚衣はそんなことを考える。

 女子側としては疑問に思うだけで悪口は言う人はいなくなるはずだ。

 しかし男子側としては不服に思うものがおそらく大多数。


 改めて遼や琴美とは住む世界が違うのだと実感する。

 琴美は柚衣の友達だが周りから見ると友達でも琴美とは釣り合っていないのだ。

 

 柚衣の心は様々な感情で埋め尽くされていた。

 踵を返し、少し遠回りで教室へと戻った。


 ***


「柚衣くん、どうしましたか?」


 放課後の柚衣に家にて、柚衣は昼休みの件を思い出して暗い顔をしていたようで琴美に心配される。

 流石にそんなことで琴美に心配をかけたくなかったので平然を装う。


「え? あー、ちょっと疲れててね」

「そう......ですか」


 ジト目で見られていたものの柚衣が大丈夫だというとそれ以上は追求しなくなる。

 何とか誤魔化しきれたらしい。


「休み明けの二、三週間が一番疲れが溜まりやすいですからね」

「今日までの課題あるの忘れてて昨日あんまり寝れなかったって言うのもあるけどな」

「あら、では柚衣くんも今寝ていいですよ」


 そうして琴美は自身の太ももを軽く二回叩く。

 

 華燐は珍しく遊びもせずに眠ってしまっていた。

 そして琴美の肩に寄りかかって眠っているのだが、琴美はそのように甘えてもらって良いと言っている。

 

 本音としては確かに膝枕をしてもらいたいのだがいつものからかいだと柚衣はわかっている。


「冗談はさておき、今日は流石に早く寝るよ」

「別に冗談じゃないですよ? いつでも膝枕をしてあげますから」

「されると羞恥でどうにも居た堪れなくなるのが予想できる」

「では......頭も撫でてあげます」


 接続詞の使い方がおかしくなっている。

 今回のからかいは今の柚衣からすれば心が動かされるものなので面白がっているのだろう。

 ただ、そんなやり取りが柚衣の複雑な感情を浄化してくれる。


「ふふ、冗談では無いですからね」

「冗談じゃなくてもやることはないから」

「......残念」


 流石にこのままでは柚衣の心臓がもたないので柚衣は話を終わらせる。

 

 柚衣はこの二人きりの空間がとてつもなく心地よいと感じるようになっている。

 その感情は琴美を好きになってさらに大きくなったものだ。

 ただ、昼休みの件もあり、学校では接する自信が段々となくなってくる。

 

 これも琴美を好きになったから思うようになった。

 以前までそんなことは気にしていなかったし、友達なのだから接して当然という考えだった。

 しかし今では校舎裏であの三人組に言われた言葉が柚衣の胸に響く。

 特別な存在でありたいと思うからこそ釣り合わないというのは中々のマイナスなのだ。


「あ、そうでした。ゆ、柚衣くんに渡したいものがありまして......」

「渡したいもの?」


 しばらく沈黙が続いたあと、琴美がその沈黙を破る。

 今の琴美はいつものように落ち着きがなく、目を合わせようとしない。


 そしてソファに置いてある枕の裏から琴美は何かを取り出す。


「ひ、日頃のお礼です......柚衣くんにはいつもお世話になっているので」


 琴美は柚衣にピンク色の包装で包まれた箱を手渡す。

 どうやらプレゼントのようだ。

 琴美からのプレゼントという事実に柚衣の胸は跳ね上がる。


「ありがとう、開けても良い?」

「ど、どうぞ」


 包装を解いて箱を開けてみれば花柄のハンカチが現れる。

 何の花かはわからないのだがとても綺麗だ。


「琴美が選んでくれたのか?」

「はい! ......あ、いえ、柚衣くんと仲が良い大園さんにアドバイスは貰いましたけど」

「なるほど、このハンカチ綺麗だ。ありがとう」

「一応、それ......わ、私が編んだんです」


 琴美は髪をくるくるといじりながら言う。

 裁縫もできるのかと柚衣は感心せざるを得ない。


 柚衣は琴美の頭に手を置いて再びお礼を言う。


「ありがとう、嬉しい」

「......どういたしまして」


 無意識のうちに琴美の頭に手を置いていたのですぐさま引っ込めようとする。

 しかしどうも琴美が嬉しそうに笑っているのでそのまま軽く撫でた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る