第24話 トラウマ
「花沢くんも来たんだ、こっちおいでよ」
遠藤はそう言って空いている隣の座布団を軽く叩く。
促されるまま柚衣は遠藤の隣に座る。
遼に忘年会に行っていいか聞いたところ驚きつつも二つ返事で承諾してくれたため行くことになった。
球技大会以外で接点はない遠藤が柚衣を快く受け入れてくれることに違和感を抱きつつも心の中で感謝する。
男子と女子にはそれぞれの長テーブルがあり、それぞれで分けられている。
琴美や千郷の姿も見受けられた。
遼は流石と言ったところか何人かの男女の輪を作ってその中心となっている。
「どうも、まだ全員は来てないのか」
「そうだね、でも結構多いよね。今年一年をみんなで良い思い出を作って終わりたいんだろうね」
「遼は相変わらず人気者だなあ」
「花沢くんって遼くんと幼馴染なんでしょ? 昔からあんな感じなの?」
「そうだな、特に昔は今よりも女子にモテてたな」
「今よりも?」
「中学の時なんかはそのせいで俺もよく面倒ごとに巻き込まれた。本人曰くモテすぎるのも大変だから女子と壁を作るように意識してるみたいだけど......全然作れてないんだよな」
遼が半ば女性恐怖症のようなものになっていることを遠藤が知っているかわからないのでオブラートに包んで言う。
そんな会話をしていると一人の男子が一時的に席を立ち、スペースができたため琴美と目が合う。
琴美は小さく礼をする。柚衣も返すように軽く手を振った。
「そういえば花沢くんって天瀬さんと仲良いよね......クラス違うけどどういう接点があるの?」
柚衣の視線の先を見た遠藤は柚衣にそう聞く。
天使様自体には興味を示さず、琴美自身を見ている遠藤のことなので嫉妬ではなく単純な疑問だろう。
流石に事実を話すわけにはいかないがある程度事実とは違っても良いだろう。
「端的に言うと天瀬の妹を助けて、そこから交流ができたというか」
「天瀬さんの妹を助けた?」
助けた分類に入るかわからないが、琴美からは感謝されてはいるので上手く変換しながら遠藤に言う。
「迷子になっているところを......みたいな?」
「そんな感じだな」
迷子というより華燐の場合は家出だったが迷子の方が都合が良いのでそう返しておく。
あの日、華燐と出会えたことに柚衣は感謝をしている。
そのおかげで琴美と友達になれたし傷心が癒えるのも早かった。
「なるほどね、天瀬さんはあんまり友達を作りたがらないし人とも距離を置いてるから花沢くんとどうして仲良いんだろうって思ってたんだけどそういうことだったんだね」
柚衣はその言葉に少し引っかかる。
友達を作りたがらない訳ではなく、友達を作れないような状況になっている。
勝手に他の生徒が偶像化して天使様という仮面を被らせたのだ。
中身は年相応の可愛げのある一人の少女。
とはいえ遠藤にそれを言ったからと言ってどうにかなることではない。
「正直、天瀬とは話してて楽しい」
「そんなことを言えるのは君だけだろうね」
琴美には天使様という仮面を取って重荷を下ろして欲しい。
しかし素の琴美を知っているのは俺だけで良いという一種の独占欲のようなものも柚衣の中にはある。
「みんな注目ー!」
そんなことを遠藤と話していると全員が集まっているようで遼がその場に立つ。
周りを少し見れば大体一クラスより少し多いくらいの人数が集まっている。
遠藤と柚衣は話をやめて遼の方を向く。
「まだ飲み物届いてないけど、先に水で乾杯しようか」
遼に言われ、みんなが水の入ったグラスを手に取る。
「今年一年嬉しいことだけじゃなくて辛いこともあったと思うけど今日は全部忘れて今年一年楽しかったで終わって欲しい。流石に男女別だけどそれぞれ割り勘だからどんどん食べてくれ。それじゃあ乾杯!」
遼が言った後に乾杯の声を同時に言う。
そして水に入ったグラス同士を当てて音を鳴らした。
***
「みんなで人狼やろうぜ」
宴会も進み、様々な食事が頼まれては長テーブルに置かれていく。
どの料理も美味しいものだ。
そうしたところである一人の生徒が人狼ゲームを提案する。
名前は知らないが陽気な人であるということがわかる。
正直、柚衣は参加するつもりは全くなかった。
しかし遠藤など柚衣の周りにいる人全員参加するようなので柚衣も参加することにする。
柚衣でも流石に周りで盛り上がっている傍ら一人黙々と食事を食べ進めるのはあまり気が進まない。
「人狼、みんなルール知ってるよな? 女子たちもやるか?」
「え〜、うちらはいいや」
女子は女子でトークに盛り上がっているらしい。
意識した訳ではなく、ふと柚衣の視界に映った琴美は恥ずかしそうに頬を赤らめて話している。
何を話しているかは気になるがとりあえず上手くやれていることはわかる。
「なになに? 俺も入れて」
「おお、遼もやるか、いいぜ」
遼も入ってきて、男子だけだが十人程度の人数で人狼をすることになる。
そして人狼ゲームが始まった。
最初の役職は市民なので嘘をつかずに市民ということをアピールすれば良い。
しかし当然ながら人狼は騙し合いのゲームだ。
故に市民でも信じてもらえない時があるので柚衣も会話の輪に入って話し合っていく。
気づけば柚衣の心拍数は徐々に上がり始めていた。
柚衣は感情を動かされ、ゲームを通して輪に入っていく。
声を上げながら楽しみ、盛り上がったのはいつぶりだろうか。
だからこそ、今が楽しいからこそ、柚衣はそれに比例して恐怖を覚える。
「柚衣、どうした? 顔色悪いぞ」
柚衣の心拍数は大きく跳ね上がっていた。
そしてフラッシュバックする裏切りの恐怖。
「......お前なんて嫌いに決まってるだろ」
耳に流れる幻聴と脳裏に蘇るトラウマ。
「花沢くん、大丈夫?」
遠藤の言葉で柚衣は我に帰る。
(......外の空気浴びてこよう)
柚衣の視界はぐにゃぐにゃと曲がっている。
この楽しい環境を柚衣自身が受け付けていない。
人狼ゲームはもうすでに終わっているので一旦離脱させてもらうことにする。
「うっ、すまん、炭酸飲みすぎてお腹にガス溜まった」
「ぷはっ、何だよそれ」
「だからちょっとトイレ行ってくるわ」
空気を壊さないようにギャグを交えて席を立つ。
幸いにも空気は保たれたままどころか柚衣の発言により数人の男子は笑っているので盛り上げられたようだ。
トラウマをまだ引きずっている自分に嫌悪感を抱きながら、柚衣は外へと向かった。
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