第20話 ドッヂボール

「思ってたよりも少ないな」


 体育館にて柚衣は周りを見渡しながら準備体操をする。

 高三の先輩は受験のためかおらず、同級生か高二の先輩が多い。

 一部いる高三の先輩も仲の良い後輩のチームに入っているようだ。

 

 男女の人数はそこまで差があるわけではなく均等。

 ただ、男子オンリーのチームもあれば女子オンリーのチームもあったりとバラバラ。

 そこまで本気のものではなくあくまでドッヂボールを楽しむことが目的なので調整がいらないのだろう。


 柚衣も来たからには本気でやろうと思っている。

 

「一位から三位までは景品貰えるらしいぜ」

「ちょっと早めのクリスマスプレゼントってことか」


 遼が耳打ちしてきたのでそう答えておく。

 今回はリーグ戦のようで勝った回数が多い人から順に順位が決まっていく。

 

 そこまで長くするわけでもなく昼頃で終わるようだ。


「そういえば柚衣はクリスマスはどう過ごすんだ?」

「ん、特に決まってないな」

「そうなのか、てっきりあの人と遊ぶのかと」

「多分遊ばん。友達とはいえ二人きりで遊ぶほどの仲ではないし」

「柚衣の方から誘ったら良いんじゃね?」


 クリスマスは特に予定もなく一人で過ごす予定だ。

 華燐と遊ぶことがあるかもしれないがそれ以外は家だろう。


 琴美を俗に言うクリスマスデートというものに誘っても琴美はおそらく家族と過ごしたい気持ちが強いだろう。

 

「俺から誘う? んー、でも誘うって言ったってどこ行くんだよ」

「イルミネーション見に行ったりとか?」

「あー、でもそうなってくると一緒に行く相手が俺で良いのかって話になってくるぞ」

「そうか、つまりまとめると君はクリぼっちってことだな」

「......そういうことなんだがそう言う言い方をされるとちょっと虚しくなるからやめてくれ」


 おそらく遼は一人で過ごすか男友達と過ごすだろう。

 ただ、女子からの誘いは結構来ているはずなので遼も同類ではないかと言うことはできない。


 そこから会話は進展することなく、遼は遠藤と練習をしに行った。


 久々に本気で動こうと考えているので話終えた後、入念に準備運動をしていると頭に軽い衝撃が走る。


「えい......ふふ」

 

 柚衣の足元には当たっても痛くない柔らかい軟式のボールが転がっている。

 琴美がボールを投げて柚衣の頭に当たったようだ。

 ただ、意図的なもので軽いイタズラだ。


 こんなことをする琴美は珍しいなと思いつつ柚衣はボールを持ち上げる。


「一緒に練習するか?」

「はい、ドッヂボールは久しぶりですし」


 そう言い、琴美は背を向けて向かい側に行く。

 柚衣は少し仕返したいという気持ちが芽生えたので背を向けた時に琴美の後頭部に軽くボールを投げる。


「ん、もう、やり返されましたね......じゃあ、いきますよ」


 ***


「天瀬さん、運動も得意だよね。勉強もずっとトップなのに」


 試合が始まり、二つのコートで繰り広げられる二つの試合を交互に見ながら遠藤は言う。

 天使様などという呼び名を口にしないあたり、やはり遠藤は個人個人を見ている人物であることが伺える。


 琴美は現在人数が足りていないチームに補欠として一時的に入っている。


 運動神経が良いであろう遠藤も驚いているのだから遠藤から見ても琴美は運動神経が良いのだろう。


 柚衣はふと琴美の家に置かれていたメモを思い出す。

 

「努力の賜物だろうな。勉強だけじゃなくて運動も手抜いてないんだろ」

「たしかに、そうだね」


 しばらく柚衣が琴美の活躍を眺めているとふと一瞬だけ琴美と目が合う。

 そしてその一瞬、琴美に微笑まれる。


「......反則だろ」

「ん、どうしたの?」

「あ、いや、なんでもない」


 少しの間だけ胸が熱くなっているのを感じたがすぐにそれは引っ込んだ。

 

 柚衣は少しずつ少しずつ琴美との距離が近くなっているのを実感している。

 距離を縮めるのは柚衣としては怖いし、自分からはなかなか近づくことができない。

 しかし前とは違い、自然と距離が近づくことを柚衣は受け入れている。

 だからこそ無意識のうちに自分からもいつのまにか近づいている。


 (......クリスマスデートか)


 クリスマスを一緒に過ごせたらそれはきっと楽しい思い出として残るだろう。


 ただ、それと同時に踏みとどまろうとする力も強くなる。


「あ、次僕らじゃない? 行こっか」

「そうだな」


 柚衣が考え込んでいると試合が回って来ていたので一旦しまう。

 

 女子の方も乗り気でチーム全体で活気に満ちている。

 相手は男子オンリーチームだ。

 ただ、こちらにはバスケ部次期エースがいるので簡単に負けるとは思えない。


「期待してるぞ、遼」

「お前も頑張るんだぞ」


 そんないつも通りのやり取りを交わす。

 

 相手に野球部ではないかと思われる見知った顔も何人かいてそんな人の球は取れるかわからない。

 ただ、目的は楽しむことなので久々のドッヂボールを楽しませてもらおう。


「天瀬、連戦だけど大丈夫か?」

「はい、全然。久々のドッヂボール、楽しいものですね」


 そんな会話をしていると試合が始まる。


 ボールが飛び交い、ボールの主権が頻繁に入れ替わっていく。

 そんなボールを柚衣は安全圏から眺める。


 予想はしていたが元々の影が薄いのであまり狙われない。


 (投げたいな......ボール)


 基本投げているのは柚衣以外の生徒。

 そして残り五分、ボールがもう一つ追加される。


 注意するべき対象が一つ増えるので板挟みになる可能性も十分ある。

 そう考えていると、琴美がボールを手に持っている外野に背を向けていた。

 外野は琴美のことを狙っている。

 ボールをそろそろ投げたいと思っていたので琴美と外野の間に行き、ボールをキャッチしに行く。


「よっ......と」

「花沢くん!?」


 もし柚衣が取っていなければ後頭部に思いっきり当たっていたことだろう。

 取って正解だったようだ。


 柚衣はしっかりとボールを掴み、密集しているところに投げ入れる。

 すると、一人の生徒に運良くあたり、外野行きへとなる。


「あ、ありがとうございます......」


 そうしてこちらのチームが優勢のまま試合は終わった。

 

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