第21話 お誘い

「もうすっかり寒くなってしまいました。あと少しで学校も一旦終わりです」


 球技大会の帰り道、柚衣と琴美は一緒に帰っていた。

 空を見上げながら琴美はそう言う。


「今年は華燐は良い子にしていましたしクリスマスはサンタさんも来るでしょう」

「だな、間違いない」

「でもこの歳になってくるとサンタさんに頼むプレゼントを言ってくれなくなるんですよね」

「......それ一番困るやつだな」


 子供と大人の見える景色は違ってくる。

 成長するにつれて、様々な経験をして知識を得ていく。

 それにつれて見える世界も違ってくるというものだ。

 

 昔はよくサンタクロースの存在を信じていて純粋に願い事をしていた。

 ただ、今となってはもう違う。


「もし、サンタがいて願い事を叶えてくれるとしたら何を叶えてほしい?」

「願いですか。私は......秘密です」


 こちらをチラッと見てから琴美はそう言う。

 秘密などと言われれば知りたくなってしまうが、それ以上深入りはできない。

 

 (そういえばやりたいことリストも見られるのを嫌がってたし何かあるんだろうな)


「逆に花沢くんのお願いは?」

「俺も......そうだな、秘密だ」

「何ですか、それ。ずるいです」

「天瀬が秘密にするんだったら俺も秘密」

「......意地悪」


 琴美は少し誇張して拗ねたような真似をする。

 別に本気で怒っているわけでもないので柚衣もさほど気にしない。


 そもそも自分から聞いておいて、一方自分は答えられないような回答を用意したこと自体が間違っている。

 柚衣のお願いは琴美に関係することなので琴美には言えない。


 (俺の願いはクリスマスデートに誘えるだけの勇気をくださいなんだよな)


 別に無理をして琴美とクリスマスにお出かけに行きたい訳ではない。

 

 ただ、柚衣は自分から距離を詰めたいという感情を琴美に抱いてしまった。

 恐怖よりもその感情は大きくなった。

 

 クリスマスというのは特別な日で飾り付けがされたりと思い出を残すにはちょうど良い日だ。

 柚衣は琴美と思い出を作りたい。


 一方で恐怖心がなくなったわけではないので誘っていないのだ。


「じゃあ願いじゃなくてプレゼント」

「プレゼント......特に欲しいものは無いのですが強いていうなら楠屋洋菓子店のお菓子が食べてみたいです」

「どこにあるんだ?」

「ここから約二時間くらいにあるところです。父が一度買ってくれて食べたことがあるのですがとても美味しかったのでもう一度食べたいんですよね。ただ、遠いので中々行けていません」

「なるほどな、お菓子か」


 料理好きの琴美のこともあるし、研究したいという思いもあるのかもしれない。

 しかしお菓子のためにここから二時間は流石に遠い。


「花沢くんは何か欲しいものはありますか?」

「別に欲しいものないんだよな」


 柚衣の好きなゲームの次回作は欲しいと思っているがまだ発売もされていない。

 それ以外となると欲しいものは無い。


「強いていうなら思い出」

「思い出ですか?」

「そう、学校生活もあと二年くらいだし、思い出を作れたらなって」

「良いですね、素敵です」


 これから先、人生において様々なことが待ち受けているだろう。

 現に社会に出ていないにもかかわらず柚衣は二度、大きなマイナスを受けた。

 その二回ともが柚衣の気持ちを裏切る形となっている。


 一度目はかつての親友に、親友だと思っていた人に、二度目は幼馴染に自身の勘違いを訂正された。

 だから前へ進むのが怖い。


 琴美と距離を縮めようとしないのもそれらが理由だ。

 

 しかし柚衣は形はどうであれ琴美と出会って考えが変わっってきている。

 最後の三年間の高校生活を楽しみたいと思い始めている。

 中学の時の思い出は特に無い。

 そもそも作ろうとしていなかったから。


 しばしの沈黙が流れる。

 誘うとしたらチャンスは今しかないだろう。

 もしここで引き伸ばせば後々になって柚衣は引き返そうとするはずだ。


「花沢くん......」

「天瀬......」


 言おうと思っていたがちょうどセリフが被ってしまう。

 話そうとしたタイミングが一緒だったらしい。


「では、先にどうぞ」


 琴美からそう言われて柚衣は言うことにする。


 二人きりで遊んだことはない。

 勉強会はあるがほとんど勉強していたので遊びには入らない。


 故にもっと琴美と距離を近づけると言うことになる。

 もし断られたら、もし柚衣が思っている仲ではないのならこの話は無しになる。

 

 以前の柚衣なら関係を進めてまた自分勝手の勘違いで終わるのが怖いから、裏切られるのが怖いから誘っていない。

 ただ、誘うだけ誘ってみても良いかもしれない。


「天瀬、クリスマスって暇?」

「はい、暇ですけど......」

「あのさ、えっと、よかったらどこか二人で行かない?」


 自然と琴美から視線が逸れてしまう。

 柚衣の胸は忙しなく動いている。


「......はい、いいですよ。花沢くんとならお出かけしたいです。夜は無理ですけど昼なら」


 琴美はそう言って笑う。

 寒い中、柚衣は温かみを感じていた。


「それでどこへ行くのですか?」

「決めてない。天瀬とクリスマスどこか遊びに行けたらなって思ってな」


 そこに恋愛感情はなく友達として純粋に遊びに行きたいと思ったのだ。


「嬉しいです。どこでも良いですからね」

「ああ、また考えとく......ところでさっき天瀬何か話そうとしてなかったっけ」


 こちらの話はもう終わっている。

 どこへ行くかはまた決めとかなければならないが結果としては承諾を得た。


 一方、琴美は何かを話そうとして柚衣に遮られたのでまだ話は済んでいない。


「いえ、私の話は良いです。もう......済んでいますから」


 言葉の真意はわからなかったが、そう言って笑う琴美はどこか嬉しそうだった。

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