第8話 出来立てほやほや

「よろしければ昼食をお作りしましょうか?」


 琴美と華燐が遊びに来たのが十時頃だった。それから約二時間が経過した。

 おままごとをしたり、柚衣が華燐を肩車したりしているとあっという間に時間が過ぎていくのだ。


 華燐は疲れたようでソファに座って子供向けの番組を見ている。


 時間も時間なので柚衣が昼食をさっと作ってしまおうかと思ったところで琴美はそう言う。

 琴美の料理の腕はかなりのものだ。それが出来立てで食べられるのだから最高の提案である。


「良いのか?」

「はい、花沢さんは休んでいてください」

「じゃあ頼む、器具とか食材は好きに使ってくれ」

「......ではせっかくなので花沢さんの好きなものをお作りしましょう。好きな料理はありますか?」

「んー、どんぶり系はよく食べてる」

「では親子丼にしましょうか」


 琴美は髪を纏めてエプロンをする。そして親子丼を作り始める。

 

 柚衣は琴美が料理をする様子を見ていて感心させられてしまった。

 料理をする手つきは良くだいぶ効率的である。普段、家でも何度か作っているのだろう。


 料理の作り方をいつか習いたいところだが流石に少々おこがましいと思い、すぐに頭からその考えを取っ払う。

 柚衣にとっては今もただでさえギブの方が多いのにこれ以上ギブを増やしてしまう訳にはいかない。


 それにそこまで親密な関係ではない。だから望みすぎるのは良くない。

 自意識過剰な考えはいつか痛い目を見ると柚衣は身を持って理解している。


 独りよがりな考えや勘違いはいつか自分を傷つける。その考えがプラスになることはほとんどない。

 中学の頃のある出来事から人との関係を必要最低限にし、柚衣はマイナスを避けて生きてきた。

 必要以上に望まず、行動せず、変化のない枠の中で静かに過ごす。


 そうして考え事をしていると親子丼の良い匂いがその考えを一時中断させる。


「できましたよ、食べましょうか」

「食べるのー!」


 お腹を空かせていたであろう華燐は琴美が座った横の席に座る。

 柚衣もソファから立ち上がり、琴美とは対面に昼食が並べられている席に座る。


「手を合わせてください〜!」


 子供らしい声で華燐は元気よくそう言う。

 幼稚園でやっているのだろうか。給食を思い出し、懐かしさを感じた。

 柚衣も琴美も手を合わせる。


 そして華燐のいただきますの声に二人も続いた。


 (さて、まずは親子丼からだよな)


 食卓にはきゅうりの酢の物、冷奴、味噌汁、親子丼が並べられている。

 スプーンを手に取り、親子丼を口に運んだ。


「......うまあ」


 思わずそんな声が漏れてしまう。


 弁当も美味しいが出来立てには敵わない。

 ご飯はレンジで温めるだけで作れるご飯パックのものだが最近のご飯パックは進化を果たしているので全然足りる。

 鶏肉と卵がうまくマッチしていて素材の良さを最大限に引き出していると言ってもいい。


 柚衣が作っても琴美のようには上手く作れない。


「美味しそうに食べますね。嬉しいです」

「天瀬には感謝してもしきれない」

「ふふ、そんなにですか?」


 琴美はどこかおかしそうに笑う。

 ただ、これは比喩表現ではなく柚衣の心情そのままを表現しただけだ。


「よかったらまた機会のある時に作りますよ。料理は好きですし」

「俺、もう何も返せないぞ?」

「別に返さなくていいんですよ。料理は元々好きなので。父がホテルの料理人をやっていてたまに教わるんです」


 楽しそうに言う琴美の姿に天使様の面影は見られない。

 年相応の一人の少女だ。本当に料理好きなのだろう。

 

 柚衣は何気ない琴美の言葉と天使様ではない琴美の素の表情に温かみを感じた。


 ***


「寝ちゃいましたね......」

「ぐっすり寝てるな」


 午後二時半、昼食後も華燐と遊んだり三人でテレビでも見ながら過ごしていると華燐は眠りに落ちてしまった。

 結構なハイテンションで遊んでいたので遊び疲れたのだろう。

 

 寝息を立ててぐっすりと眠っている華燐は小さな天使様のようだ。


 このあとは公園で遊ぶ予定だったのだがその前に眠ってしまった。


「えっと、どうする?」

「華燐を連れて帰っても良いのですが多分起きた時に泣くかなと......花沢さんに結構懐いているみたいなので」

「じゃあ起きるまで待つか」

「そうですね」


 華燐はカーペットの上でおもちゃを持ったまま寝ているので、起こさないように持ち上げてソファで寝かせる。

 

 問題は何をするかだ。

 

 (天瀬ってゲームとか人生で一回もしたことなさそうなイメージなんだが......どうなんだろ)


「天瀬、テレビゲームしたことあるか?」

「テレビゲーム......ですか? えーっと、ボードゲームならしたことありますが......」

「なら一緒にやってみる?」

「はい、ちょっと気になります」


 柚衣はテレビの下にある棚からゲーム機を取り出す。

 そしてそのゲーム機の線をテレビに繋げる。


 入力を変えれば、柚衣がいつも見ているホーム画面が映し出された。


 コントローラーを琴美に渡し、柚衣は琴美とは少し離れたところに座る。


「えっと......これどうやって操作するのでしょうか? 良ければ近くで教えてくださいませんか?」


 

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