第7話 おままごと

 朝、柚衣はあらゆる部屋の片付けをしていた。

 特にリビングは少しでも危ないものがあったら自分の部屋にしまう行為を繰り返していく。

 

 柚衣はマンション住みであり、1LDKの部屋に一人で住んでいる。

 自立しなさいということで親に一人暮らしを強要させられているのだ。

 正直、柚衣も親元を離れて一人暮らしをしてみたいと当時思っていたので好都合だった。


 台所に関しては危ないのでこの機会だから整理するものの、そもそも近づけないようにする。


「よし、これでいいか......けど子供用のおもちゃとかないんだよな。できればそれで遊んであげたいけども」


 そして片付けは終わり、引っ越し前の新居か疑うくらいにリビングは殺風景となった。

 一方、自分の部屋に関しては荒れに荒れていた。

 それもそのはず、リビングに置いてあるほぼ全てのものを入れ込んだのだから。

 

 柚衣には弟妹がおらず、接点のある親戚にも子供はいない。

 だから子供との接し方や子供が喜ぶような行為などの子供に関することがよくわからないのだ。


 柚衣は琴美にアドバイスをしたが暇を持て余している柚衣がウェブサイトで調べに調べて得た知識な訳だ。


 少々片付けをやりすぎてしまった感は否めないが、華燐が怪我してしまうよりは良い。

 それに家から公園は近いのでしばらくしたらまた公園へ行くだろう。


 (さて、時間も時間だしそろそろ来るかな)


 そう思った矢先、部屋のインターホンが鳴る。

 インターホンには琴美と琴美に抱っこされた華燐が映っている。

 

 緊張することではないのにも関わらず胸に違和感を感じる。


 柚衣はインターホンに向かって返事をし、玄関へと向かう。

 そして一呼吸をし、ドアノブに手をかけた。


「おはようございます、花沢さん」

「おはようなのー!」


 ドアを開け、いつも通り元気いっぱいな華燐と見慣れない私服姿の琴美が柚衣の目に映る。

 柚衣はドアを全開にし、二人に入るように促す。


「おはよう、どうぞ上がって」

「お邪魔します」

「お邪魔するなのー!」


 華燐は琴美の腕から急いで降り、靴を乱雑に脱ぎ投げ、リビングへと走っていく。

 その様子に思わず笑ってしまう。それだけ楽しみにしていたのだろう。


「ちょ、ちょっと待って......すみません」

「全然構わない、むしろ元気いっぱいで良かった」


 華燐は机の周りを走って一周した後、ソファに向かってダイブした。

 そして背負っていたリュックからおもちゃを取り出し、机に並べ始める。


 華燐のいつもよりも数段元気の有り余っている様子に二人して微笑む。


「......リビングには何も置いていないのですか?」


 ソファに上品に座った琴美は辺りを見渡してそう言う。

 あるのは精々棚に置いてある本くらいなので疑問に思ったようだ。


「実はついさっき片付けた。一応危ないかなと思って」

「なるほど、お気遣いありがとうございます」

「あと俺の部屋には入らないでくれ。リビングで片付けたものをそのまま押し入れただけから危ない」

「はい、わかりました」


 常識があり、しっかりとしている琴美のことなので大丈夫だとは思うが一応忠告しておく。

 それに琴美が入らなくても華燐が入る可能性があるので二人で入らせないように気をつけた方が安全だ。


 華燐はリビングの中を動き回っていて探索しているようなので飲み物の準備をする。


「華燐、オレンジジュース飲むか?」

「うん、飲むー!」

「天瀬は何飲む? 紅茶、緑茶、ほうじ茶......冷たいのだったら麦茶とかアイスコーヒーもあるけど」

「ではアイスコーヒーをお願いします」

「はいよ」


 柚衣は二つのコップを用意して、それぞれオレンジジュースとアイスコーヒーを注いでいく。

 そして食事用の机の上に置く。テレビの前にある机はおもちゃで埋め尽くされているので置けない。


「ここに置いとくな」

「ありがとうございます」

「オレンジジュース〜、オレンジジュース〜」


 華燐はうきうきでコップを手に取り、オレンジジュースを飲み始めた。

 

「......優しい人だな」


 琴美は小声で何かを言った。

 それは柚衣には聞こえなかったが琴美の急な素の笑みに思わず目を逸らす。


「お兄ちゃん、華燐とあそぼ〜」

「ん、何して遊びたい?」

「えーっとね、おままごとして遊びたーい。お姉ちゃんも一緒にあそぼ〜」

「わ、私は......」


 琴美は困ったようにチラッと柚衣の方を見る。

 おそらくまだ苦手意識があるのだろう。


 柚衣は小さく頷く。おままごとなのだからただ演じるだけだ。


「......いいよ、遊ぼっか」

「やった! じゃあお姉ちゃんがお母さん役でお兄ちゃんがお父さん役ね! 華燐、子供役ー!」

「お、おう......」


 柚衣はそれを聞き、どう答えれば良いか分からなかったので少々沈黙した。琴美は苦笑していた。

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